高齢者の入居・賃借人の死亡と賃貸借契約|不動産弁護士専門相談
目次
高齢者の入居に取り組みたいという相談が増えています。
私たちが顧問先企業やオーナー様から相談を受ける内容でよく話題にあがるものが、高齢者・独居の方などの入居についてのお悩みです。
高齢化が進み、これまでのように高齢者について入居させるのはちょっと・・・という考え方ではなく、これから増える高齢者の賃貸需要を取り込むために、法律的に適切にリスクヘッジをしながら高齢者の入居を進めたい、という方から相談を受けることが多くなりました。
このような問題に対処するために、まずは高齢者の入居に関連して生じる法律問題について、まずは賃貸借契約の基本を確認してみたいと思います。
賃貸借契約は賃借人の死亡で終了しない
まず、入居者が亡くなった場合についての法律問題を確認します。高齢者に限らず、入居者が不慮の事故や病気などで死亡するケースがあります。このような場合に法律関係はどうなるでしょうか。
賃借人が死亡したとしても賃貸借契約は終了しません。賃借人が亡くなったのですから、賃貸借契約は終了する、と思われるかもしれませんが、法律上(民法上)はそうではありません。では、賃借人が死亡するとどうなるかというと、賃貸借契約はその相続人に相続されます。
たとえば、親が賃貸物件に居住していて死亡した場合には、その子が相続することになります。子どもが二人いれば二人で相続することになります。子どもがなく、親もなければ兄弟が賃貸借契約上の賃借人の地位を相続します。
賃貸借契約は相続人が相続します。そうなると、相続人が一人であればその相続人との間に賃貸借契約が存在することになります。ですので、賃貸借契約を継続するかどうかを相続人の方との間で協議することになります。
通常は、賃借人の方が居住していた賃貸物件を、相続人が賃借しようということはないと思われますので、賃貸借契約を合意解除することが多い、と思われます。
合意解除というのは、賃貸人と賃借人との間で賃貸借契約を終了させると約束することです。合意解除すれば、賃貸借契約は終了します。これに対し、合意解除しなければ、賃貸借契約は終了しません。
終了しないということは、賃借人は賃貸借契約に基づき賃料を支払う義務を負いますし、建物(部屋)を賃貸借契約に基づき使い続けることができる、ということです。
なお、賃貸借契約書上に、賃借人死亡の場合の解除権が設定されている場合には、通常は、約定の解除権を行使して解除できるものと考えられます。
使用貸借契約との違い
ちなみに、賃貸借と類似する契約として、使用貸借契約というものあります。
こちらは簡単にいえば、賃貸借は家賃という対価を受け取るかわりに貸すのに対し、使用貸借契約の場合には、対価がありません。要するに、賃料という対価を払って貸すのが賃貸借契約、そういった対価を支払わずに貸すのが使用貸借契約です。
この使用貸借契約の場合には、賃借人が死亡した場合には、使用貸借契約は終了します。
(民法599条)
(借主の死亡による使用貸借の終了)
第五百九十九条 使用貸借は、借主の死亡によって、その効力を失う。
では、なぜ賃貸借契約と使用貸借契約とで結論が違うのでしょうか。
一つの理由としては、使用貸借契約は賃料などの対価を払わずに借りるという契約です。たとえば、建物を賃料を払わずに借りているという場合です。
こういう場合は、通常、貸主と借主との間に「無料(ただ)で貸してあげてもよい」というなにかしらの人間関係があることが通常かと思われます。近しい親族関係などが典型例です。
そうすると、借主が亡くなった場合には、貸主と借主との間には特別な人間関係があったかもしれませんが、通常、貸主と借主の相続人との間には、特別な人間関係があるとは考えにくい。
ということで、使用貸借契約は終了するという民法上のルールになっています。
相続人が複数の場合には問題が多い?
それでは、賃借人が死亡した場合には、相続人と話をして賃貸借契約を解除し、原状回復や残置物の撤去の話をすることになります。
ですが、ここで問題が生じるケースが少なくありません。典型的には、相続人が複数の場合などです。
では、どのような問題が生じるのでしょうか。たとえば、親が亡くなって相続人がその子ども3人だったとします。
この場合には、賃貸借契約はその3人の準共有(権利を共有することを準共有と言います。)となります。
そして、賃貸借契約の解除については、複数の賃借人がいる場合、賃貸借契約の解除若しくは解約の意思表示は、特段の事情がない限り、共同相続人全員に対してしなければならないものとされています。
賃借人が死亡し、相続人として妻および子がある場合は、特段の事情の認められないかぎり、子のみに対する賃貸借解除の意思表示を有効ということはできない。
※(昭和36年12月22日・最高裁判所第二小法廷、上記は最高裁:ホームページの同判決の要旨部分より引用)
相続人の中で代表といえるような相続人だけと話をして、賃貸借契約を解除するとしても、法律的には、「特段の事情の認められない限り」、契約を合意解除することはできない、ということになります。
言い換えると、相続人がよく把握できていないとすると、相続人を調査確認しなければ適切に対応することができない、ということになります。
ですが、不動産のオーナーや管理会社にとっても、入居審査時などにある程度、入居者が亡くなった場合の推定相続人が誰であるか、身元引受人が誰かなどといった事情を聴取していると思いますが、推定相続人の過半数まで把握できているとは限らないように思います。
また、入居審査時には事情を聴取していたものの、賃貸借契約が長期にわたると、特に子どもがなく、兄弟姉妹しか相続人がいないケースでは賃貸借契約を締結して時間が経過するうちに、その兄弟姉妹が亡くなって相続人が変わってしまうケースことも想定されます。
このほうな場合には、賃貸借契約を解除したり、残置物の処理をするために、まずは相続人の調査から行わなければなりません。また、入居時の聞き取りが十分でなく、死亡した賃借人の相続人を一から調査して探さなければならない場合もあります。
相続人の調査は簡単ではない
ですが、一口に相続人の調査といっても容易なことではありません。
弁護士の業務では、この交渉等のために相続人の調査を行うことがあるのですが、賃借人が生まれてから死亡するまでの戸籍謄本等の書類や記録を市役所等から集めて相続関係を明らかにしていきます。
相続関係が明らかになったところで、相続人に連絡を取ります。賃貸借契約を合意解除するために交渉する場合もあります。ただ、いずれにしてもそれなりの時間と手間がかかってしまうことも少なくありません。
参考:特定の人だけと連絡してもよいという、特段の事情といえるのはどのような場合か
ちなみに、前述の最高裁判例のいう、「特段の事情」というものはどういったものでしょうか。こちらについては、参考となる裁判例があります。大阪地裁平成4年4月22日判決です。
同判決は、「賃貸借契約において、賃借人が死亡し、数人の相続人が賃借権を相続したものの、そのうち特定の相続人のみが賃借物を使用し、かつ賃料を支払っているような場合です。
他の相続人は賃貸借に係る一切の代理権を当該相続人に授与したと見て差し支えないこともあり、そのような特段の事情がある場合、賃貸人は、当該相続人に対してのみ賃料支払いの催告や契約解除の意思表示をなせば足りる」と判示しています。この裁判例を前提とし、特定の相続人のみが賃借物を使用し、かつ賃料を支払っているような場合を挙げます。
たとえば、賃貸借契約があり母親と長男が同居しているが、その他の次男と長女がいるようなケースで、同居していた長男が死後も継続して賃貸借物件に居住を続け、なおかつ、賃料を支払っているような場合です。
この場合、賃貸人は、当該長男にのみ賃料支払の催告や契約解除の意思表示をすればよい場合がありうることになります。ですが、こちらの裁判例も「特段の事情がある場合」といっているとおり、あくまでの個別的な判断ですので、「○○の場合には○○にだけ連絡すればよい」と一般化するのは難しいところかと思います。
相続調査の結果、相続人が見つからない場合もある?
それでは、相続人調査を行った場合に、相続人がいなかった場合はどうでしょうか。
典型的なケースは、亡くなった賃借人の子どもも親も兄弟も甥姪もなく、従兄弟くらいしか相続人がいないケースや、相続人そのものはいるものの、賃借人自身との関わり合いを持ちたくない、あるいは、負債があるために、相続放棄をしたような場合です。
この場合は、相続人不存在として取り扱うことになります。「相続人のあることが明らかでないとき」に該当します。
厳密に言えば、賃貸人から家庭裁判所に相続財産管理人選任の申立てを行い(民法952条1項)、相続財産管理人として専任された者(弁護士等)と交渉し、賃貸借契約を合意解除するとか、賃料不払い等があれば請求することになります。相続財産管理人選任申立てをする場合には、弁護士等に依頼すれば弁護費用がかかります。
また、弁護士に依頼する弁護士費用とは別に、相続財産管理人として裁判所に選任される予定の者の費用を、「予納」といって申立人側で準備する必要があることが通常です。
ところが、相続財産管理人選任の申立てにおいては、相続財産管理人の報酬や実費に充てるため、一般に数十万円以上の予納金が必要です。
十分な相続財産が存在すれば相続財産の清算手続において返還されるものの、相続財産が小額な場合は、申立人の持ち出しとなってしまいます。
賃貸借契約書で賃借人が死亡した場合には契約終了としたらよい?
では、このような面倒を避けるために、賃貸借契約において、賃借人が死亡したときには終了するとの特約を結ぶことはできるのでしょうか。
この契約が有効であれば、賃借人が死亡した場合には、当然に契約が終了するので、これまで述べてきたような問題点は基本的には生じません。
このような死亡とともに賃貸借契約が終了する契約「終身建物賃貸借契約」が有効か問題となりますが、このような特約は、「建物の賃借人に不利なもの」であるとして、借地借家法30条により無効であると解釈されています。
つまり、「賃借人が死亡した場合には賃貸借契約は当然に終了する」といった条項がついていたとしても無効なわけです。ですが、これでは不都合であるということで、立法的な解決が試みられています。
『高齢者の居住の安定確保に関する法律』という法律があり、この法律により、一定の要件を満たした場合のみ、借地借家法30条の特例として、終身建物賃貸借契約を締結することが認められています。
具体的には、終身建物賃貸借事業者としての都道府県知事の認可、一定の基準を満たしたバリアフリー住宅であること、60歳以上の賃借人に対し終身にわたって賃貸するものであること等の様々な条件が必要です。
このように法律が作られて立法的に解決されたかに見えているのですが、実際問題としては、多くの物件で逐一、バリアフリーなどの条件を整え、都道府県知事の認可などを取得する必要があります。
この法律に適合的な物件とするためにはそれなりに手間と手間があり、制度としては存在するものの、あまり認知されていませんし、あまり利用されていないというのが実情のようです。
最高裁昭和39年2月25日 判タ160号75頁(要旨)
共有者が共有物を目的とする賃貸借契約を解除することは 民法第252条にいう「共有物の管理に関する事項」に該当し、 右貸借契約の解除については同法第544条第1項の規定の適用が排除される解すべきことは所論のとおりである。 -(中略)-共有物を目的とする貸借契約の解除は同法第252条但書にいう保存行為にあたらず、同条本文の適用を受ける管理行為とするのが相当である。
おわりに
まずは、賃借人が死亡した場合の賃借契約の問題でした。
高齢者の入居に向けて賃貸借契約について基本を確認するとしても、様々な法律的な問題点があります。
相続人がわからずに相続人を調査して交渉(連絡を取ること)が必要な場合や、相続人不存在の物件について相続財産管理人申立のご相談については、専門家である弁護士にご相談ください。
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