不動産売買・不動産賃貸のトラブル

賃借人自殺の場合の遺族(連帯保証人)への損害賠償|不動産売買・賃貸借の法律相談

はじめに

不動産業者の方々にとって、自身の管理物件で賃借人の方が自殺してしまう、という事は、非常に悲しいことではありますが、時に起こりうることです。もちろん、残された遺族の方々のお気持ちは察するに余りあるものだと思われますが、不動産業者の方々にとっても、賃借人が自殺した物件は、新たに賃貸を行える状態にするのに多額の費用がかかるうえ、なかなか借り手がつきにくくなってしまうという点で、非常に辛いものとなるのは間違いありません。

不動産業者の方々といたしましても、何とかこの費用を回収したい、という気持ちはあるかと思われます。そのような場合、心苦しくはありますが、自殺した遺族や連帯保証人に対して請求することになることが多いでしょう。

そこで、今回は、自身の管理物件で自殺が起こった場合に、遺族や連帯保証人に対し、どのような請求ができるのか、という点について説明していきます。

遺族や連帯保証人に対する損害賠償請求の根拠

まず、賃借人が自殺した場合に、遺族や連帯保証人に対して請求できるとされますが、その根拠とは何でしょうか。どのような費用を請求できるのか、という点についてきちんとした理解をするためにも、この点を押さえることが重要です。

法的根拠としては、自殺をしたという事実が賃借人の善管注意義務 ※1 に違反し、この違反を債務不履行とする損害賠償請求が認められる、という理解になります。※2

そして、連帯保証人や親族(相続人 ※3)に対しては、自殺した賃借人に対する請求と同内容の請求をすることが原則可能ですので、上記のような法的根拠に基づき、損害賠償請求を行う、という流れになります。※4


※1 民法400条に基づいて賃借人に課される。ただし、通常、賃貸借契約書においては、賃借人の善管注意義務を定める条項が付されていることが多い。

※2 裁判例によっては、原状回復義務違反と構成するものや、用法順守義務違反にも言及しているものもある

※3 ただし、相続人が相続放棄(民法915条1項)をしている場合はこの限りではない

※4 なお、連帯保証人に対して請求を行う場合は、(連帯)保証契約に基づく保証債務履行請求の一環として、諸費用を請求することとなる。


※参考裁判例:東京地裁平成19年8月10日判決

「…賃貸借契約における賃借人は,賃貸目的物の引渡しを受けてからこれを返還するまでの間,賃貸目的物を善良な管理者と同様の注意義務をもって使用収益する義務がある(民法400条)。

そして,賃借人の善管注意義務の対象には,賃貸目的物を物理的に損傷しないようにすることが含まれることはもちろんのこと,賃借人が賃貸目的物内において自殺をすれば,これにより心理的な嫌悪感が生じ,一定期間,賃貸に供することができなくなり,賃貸できたとしても相当賃料での賃貸ができなくなることは,常識的に考えて明らかであり,かつ,賃借人に賃貸目的物内で自殺しないように求めることが加重な負担を強いるものとも考えられないから,賃貸目的物内で自殺しないようにすることも賃借人の善管注意義務の対象に含まれるというべきである。」

損害賠償の内容と範囲について~事例の把握~

2 遺族や連帯保証人に対する損害賠償請求の根拠 で説明した通り、賃借人が自殺した場合は、不動産会社としては、連帯保証人や遺族に対し、損害賠償請求を行うことが可能です。

それでは、実際にどのような費用について、どこまで請求できるのでしょうか。

以下では、実際に損害賠償請求が認められた事案のうち、最近のものについて、その事案の概要と、実際に認められた損害賠償の内容について見ていきます。※5

①仙台地裁平成27年9月24日判決

ⅰ事案の概要

賃貸用のマンション内のバルコニーにおいて、賃借人 ※6 の同居人が自殺。自殺から約2か月半後に賃借人が退去。

退去を受けて、当該物件の管理業務を行っていたサブリース業者が、賃借人、同居人の相続人、及び連帯保証人に対し、自殺した貸室及び本マンション、及びその他の貸室の賃料減額分、空室損害、リフォーム費用等を損害賠償として請求。

ⅱ判決

賃借人の退去後半年間の賃料及び共益費相当額の限度で賠償が認められた。本件貸室のリフォーム費用については、賠償が認められなかった。

自殺が生じた部屋以外の貸室に生じた損害については、心理的瑕疵がない ※7 として、賠償が認められなかった。

②東京地裁平成26年12月11日判決

ⅰ事案の概要

賃貸用の物件内で賃借人の同居人が自殺。自殺から約3か月後に賃借人退去。退去を受けて、物件の所有者及びサブリース業者が、賃借人に対し、1年分の賃料相当額及び3年分の賃料減額相当分を請求。

ⅱ判決

以降の賃借人予定者に自殺を告知すること ※8 による影響を踏まえると、1年間は当該物件が賃貸不能の状態となり、かつその後の2年間も相場の賃料の2分1を賃料とするのが相当であるとして、賃借人に対し、賃貸不能期間の賃料相当額と賃料減額期間の賃料の差額について賠償が認められた。

③東京地裁平成26年8月5日判決

ⅰ事案の概要

賃貸用アパートの一室において、賃借人の妻が自殺。事件後、当事者間で賃貸借契約を合意解除。自殺から約3か月後、その一室に関して、賃貸人は新たな賃借人との間で賃貸借契約締結(期間2年、賃料は元の60%程度)。その後、賃貸人が、元賃借人及び保証人(賃料保証会社)に対し、1年6か月分は賃貸不能、その後3年間は賃料を2分の1に減額せざるを得ないとして、それにより生じた損害等を損害賠償請求。

ⅱ判決

以降の賃貸人予定者に自殺の事実を告知する結果として、1年間は賃貸不能、その後の2年間は賃料相当額の2分の1の額を賃料として設定するのが相当である、と認定し、賃貸不能期間の賃料相当額及び賃料減額期間の賃料の差額について賠償を認めた。本件では実際には自殺の約3か月後に新たな賃借人が入居しているものの、自殺直後の入居については消極的となることが一般的であるため、損害賠償額の算定に当たって、この事実を考慮に入れるのは適当ではない、との判断もなされた。

なお、保証会社に対する賠償請求は、保証会社の保証する債務はあくまで賃料等の未払い債務を対象とするものに限定されている、として認められなかった。※9

④東京地裁平成26年5月13日判決

ⅰ事案の概要

計10室の居室からなるワンルームマンションの2階共有部分において、賃借人の1人が自殺。その直後、同階の賃借人の1人が退去。自殺が生じた2階にある部屋(3室)については、自殺後3年間入居者は現れず。賃貸人らは、連帯保証人に対し、賃料収入減額分を損害賠償請求。なお、各居室は家賃4万7000円前後で賃貸されていた。

ⅱ判決

共有部分で生じた自殺と、部屋の空室損害の関連性について、自殺した賃借人が居住していた部屋に限らず、その同階の部屋全てにつき、一定程度の影響があると判断した上で、1室あたり月1万5000円、期間2年分の家賃相当額について損害が生じたと判断し、賠償を認めた。


※5 死因が自殺であると判断されたもののみ抜粋(死因不明は除外)

※6 サブリース物件であるため、正確には転借人となるが、説明上の便宜の観点から、賃借人と説明しています。

※7 同様の理屈から、他の部屋に関しては、新たに売買・賃貸等をする際にも、賃貸人側に自殺の告知義務は課されない、ということとなる(ただし、裁判例④の場合に注意)。自殺の告知義務の詳細については、前回の記事参照。

※8 物件内で自殺が生じた場合、不動産業者(賃貸人)は、以後最初に入居する賃借人には原則として自殺の事実について告知する義務が課される。詳細は前回の記事参照。

※9 通常、賃料保証会社の保証範囲は、賃料等未払い債務に限定されている事がほとんどである(保証約款等にその旨記載)

損害賠償の内容と範囲について~検討~

3 損害賠償の内容と範囲について~事例の把握~ では、4つの裁判例について概略を把握したわけですが、これらの裁判例から、裁判所の判断について、いくつかの傾向を導き出すことができるかと思います。

⓵自殺後一定期間は賃貸不能期間とみなされ、賃料全額が損害と認められる。

上記の4つの判例は、期間の長短はあるものの、一定期間の賃貸不能期間があること判断し、当該期間における賃料相当額が損害として認められています。

期間については自殺の発生場所や物件の性質、賃借人の傾向にもよりますが、少なくとも賃料の半年~1年程度は損害として請求が認められると考えてよさそうです。

また、裁判例③からは、上記損害は新たな入居者の有無と関係なく認められそうです。自殺の事実に関する告知義務をきちんと履行した上で、新たな賃借人が見つかりそうであれば入居してもらっても良さそうですね。

⓶賃貸不能期間後も、一定期間賃料減額期間と判断され、差額が損害と認められる。

裁判例②・③では、賃貸不能期間が認定された後の期間についても、一定の間は自殺の告知によって賃料減額の影響が生じているとして、差額について損害と認めています。

自殺後の最初の賃貸人には自殺についての告知義務が課されるとされ、※10 一般的に自殺の告知は賃貸借の締結に消極的に働く事由と言われているので、差額についても損害である、と考えているのでしょう。

⓷室内のリフォーム費用等の原状回復費用は、賠償が認められない可能性がある。

裁判例①は、部屋のリフォーム費用について損害として請求を認めていません。

部屋の原状回復費用として考えられるのは、内装の張替えやハウスクリーニング費用、備品の取り換え費用などがありますが、裁判例からすると、少なくとも自殺後のリフォーム費用の全額が原状回復請求として認められる、とは考えない方が良いでしょう。  

ただ、裁判例からは、「自殺したことにより特に必要となったもの」については原状回復費用として損害と認められている ※11 ので、裁判になった場合には主張方法を工夫し、「自殺によってどのようにして当該費用が必要となったのか」をきちんと説明できるよう心がけましょう。※12

⓸集合住宅の部屋内での自殺の場合、他の部屋について生じた損害(空室損害等)は賠償されない。

共用スペースでの自殺の場合は、一定の範囲で他部屋の空室損害等も賠償される可能性がある。」

裁判例①は、集合住宅内で自殺したとしても、他部屋の空室損害については賠償されない旨の判決を下しています。

実際は、集合住宅内での自殺は、他部屋の入居状況にも影響を及ぼすことが多いとは思いますが、これまでの裁判例もみると、賠償が認められる可能性は低そうです。

一方で、裁判例④を見るに、共用スペースでの自殺の場合は、ほかの部屋の空室損害も一定限度で損害と認められる可能性が高そうです。

裁判例では、同階の部屋に限定されていますが、自殺の場所(例えば、エレベーター等)によっては、空室損害が請求できる範囲が集合住宅内の部屋全体になる可能性もあるかもしれません。


※10 東京地裁平成19年8月10日判決。自殺の告知義務に関しては、前回の記事参照。

※11 東京地裁平成22年9月10日判決参照。

※12 例えば、東京地裁平成19年8月10日判決は、ユニットバス内で自殺が生じた物件に関して、ユニットバスの交換費用を損害と認めており、また東京地裁平成23年1月27日判決では、自殺により部屋に悪臭があった、という貸主の主張を踏まえて、室内のクロスの張替・クリーニング費用を損害と認めている。

おわりに

以上のように、近年の裁判例を概観しつつ、私見ではございますが、裁判所の判断の傾向について上記のように説明させていただきました。

この記事が、少しでも不動産業者の方々の助けとなるのであれば、筆者としては喜ばしい限りです。

ただ、賃借人自殺の場合の、遺族等への損害賠償請求事案については、まだまだ裁判例も少なく、また、判断についても画一的になされているとは言い難いため、見通しの立て方が非常に難しい問題であると思います。

ですので、仮に請求をしたけれども、相手方が素直に応じてくれない場合には、一度弁護士に相談していただくというのが得策ではあるでしょう。


 本記事は2019年6月執筆時での法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
 記事の内容については、執筆当時の法令及び情報に基づく一般論であり、個別具体的な事情によっては、異なる結論になる可能性もございます。ご相談や法律的な判断については、個別に相談ください。
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