不動産売買・不動産賃貸のトラブル

本人確認のスキーム構築|不動産売買・賃貸借の法律相談

はじめに

不動産の仲介業者の方にとって、本人確認の取り方、というものは悩ましいものです。

特に、新たに物件の賃借人・買主となる方が遠隔地にいる場合には、本人確認のためだけにあまり手間を取らせたくない一方で、きちんと本人確認を行わないまま契約するのはリスクがある、といった点の板挟みとなってしまうことも多いのではないでしょうか。

そこで、今回は、本人確認に関する基本知識と、本人確認に関して問題が生じうる場合についての対応方法について、説明していきたいと思います。

本人確認の目的

まず、そもそもなぜ契約締結に際して本人確認が必要なのでしょうか。この点に関して、改めてですが確認していきたいと思います。

賃貸借契約において、本人確認が必要な目的としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 契約の有効性の確保(仮に契約書に記載された人物と実際に契約した人物が異なる場合に、契約の当事者はいずれになるか、という問題があります)。
  • 犯罪に使われるリスクの防止(本人確認がきちんと行われないと、詐欺や誘拐等に物件が悪用されるおそれがあります)
  • 収入審査等の実効性の確保(実際の居住者(賃借人)と異なる人物の収入審査が行われてしまうと、契約締結に際しての重要な判断要素である、賃料や住宅ローン等の支払い能力についての判断が適切に行い得ません

続いては、本人確認に必要な手続、及び本人確認が困難となる場合(賃借人予定者が遠隔地に居住している場合)及びその解決方法について、説明していきたいと思います。

本人確認事項及び確認手続

取引に際して確認すべき本人確認事項については、犯罪による収益の移転に関する法律「(以下「犯罪収益防止法」といいます)」に規定されています(犯罪収益防止法2条2項41号、4条1項参照)※1。

取引相手方が個人の場合と法人の場合で少し異なりますので、ご注意ください。

相手方が個人の場合

ア 本人特定事項(氏名、住所、生年月日)

イ 取引を行う目的

ウ 職業(収入状況)

相手方が法人の場合

ア 本人特定事項(名称、本店又は主たる事務所の所在地)

イ 法人のために特定取引の任に当たっている代表者等(代表者、取引担当者等)の本人特定事項(犯罪収益防止法4条4項)

ウ 取引を行う目的

エ 事業の内容

オ 実質的支配者の確認及びその者に係る本人特定事項

※なお、取引相手方が国や地方公共団体、上場企業(人格のない財団、社団を除く)の場合は、現に取引の任に当たっている自然人の本人特定事項(氏名、住所、生年月日)を確認すれば、ア~オを確認する必要はないと法律上定められています(犯罪収益防止法4条5項)


※1 なお、犯罪収益移転防止法において、取引時に本人確認が要請される「特定取引」について、宅建業者の場合は「宅地建物の売買の代理・媒介」が対象であり、「宅地建物の賃借の代理・媒介」は直接の対象とはならないが、多くの仲介業者は両事業を扱っており、かつ、売買の代理・媒介の場合と賃借の代理・媒介で本人確認事項を変えることは少ないと考えられることから、賃借の代理・媒介の際の本人確認事項の定め方の参考にしてよいものと考えられる。

続いて、具体的な確認手続について説明していきます。

ⅰ 本人特定事項について

これに関しては、対面取引(業者が顧客又は代表者等と同席し、直接に口頭によって顧客の意思を確認しながら契約を行う形式)もしくは非対面取引(業者が顧客又は代表者等と同席することなく、書面の郵送やメールの利用などによって顧客の意思を確認し、契約を行うタイプの取引)のいずれかによって、取り得る確認手続の方法が変わります。※2

α 対面取引の場合

ア 提示のみ法

⇒顧客又は代表者等から本人確認書類の提示を受ける方法です。※3ただし、個人でこの方法を利用できるのは、一定の本人確認書類を利用する場合に限定されることに注意が必要です。※4

イ 提示+追加的措置法

⇒顧客又は代表者等から本人確認書類の提示を受けると共に、他の本人確認書類や公共料金の領収書等の提示を受ける等の追加的措置を取る方法です。

ウ 提示+送付法

⇒個人が本人確認書類を利用する場合に、顧客又は代表者等から本人確認書類の提示を受けると共に、書類に記載されている顧客及び代表者等の住居宛に取引に係る文書を書留郵便等により転送不要郵便物として送付する方法です。

β 非対面取引の場合

ア 受理+送付法

⇒本人確認書類又はその写しの交付を受けるとともに、書籍に記載されている顧客及び代表者等の住所又は所在地宛に係る文書を書留郵便等により転送不要郵便物として送付する方法です。

イ 電子証明法

⇒電子証明書※5を利用する方法です。個人については、電子署名法又は公的個人認証法に基づく方法、法人については。商業登記法に基づく方法があります。


※2 「犯罪収益移転防止のためのハンドブック」参照

※3 なお、本人確認書類の提示を受ける場合には、写しの提示は認められていない。

 ※4 顔写真付き本人確認書類を指す。具体的には、運転免許証やパスポート、マイナンバーカード等

※5 従来の書面による手続きにおける印鑑登録証明書などに相当するもので、特定の発行機関や認証局が発行する電子的な身分証明書のこと。本人確認に用いる際には、氏名・住所・生年月日の記載が含まれるものである必要がある。

ⅱ 取引を行う目的

相手方が個人の場合は、相手方からの申告(電子メールやFAX等でも可)という形で確認すれば大丈夫です。

相手方が法人の場合も、取引の任に当たっている担当者からの申告で確認できれば大丈夫です。

ⅲ 職業(個人)

これについても、相手方からの申告という形で確認すれば大丈夫です。

ⅳ 事業の内容(法人)

定款や登記事項証明書等の、当該法人の事業の内容の記載があるものにより確認します。

ⅴ 実質的支配者の確認(法人)

「実質的支配者」とは、法人の事業経営を実質的に支配することが可能となる関係にある者を指します。

具体例としては、議決権の25%超を直接又は間接※6に保有する自然人などがこれに該当します(犯罪収益防止規則11条2項参照)。確認については、担当者から申告を受ける形で確認すれば大丈夫です。※7

※なお、実務上は、本人確認のために以下の書類(写し)の提出を要求されることが多いです。※8

相手方が個人の場合

・本人確認書類

・住民票

・在職証明証(収入証明書)

・顔写真

相手方が法人の場合

・登記事項証明書もしくは印鑑登録証明書

・法人の代表者もしくは取引担当者の本人確認書類


※6 当該自然人が支配しているほかの法人(議決権の50%超)を通じて保有することを指す。

※7 ただし、いわゆるハイリスク取引(犯罪収益防止法4条2項)に該当する場合にはこの限りではない。

 ※8 なお、連帯保証人が存在する場合には、契約締結時に、連帯保証人についても本人確認が要請され、本人確認書類や収入証明書等の提出を要請される場合もある。

本人確認が問題となるパターン及びその解決方法

ここまで、本人確認の意義や、その手続き等について、一通り説明してきました。ここからは、本人確認において問題となる具体例について挙げた上で、その際の本人確認(主に、本人特定事項に関して)の方法について説明していきたいと思います。

取引相手方が遠隔地に居住している場合(もしくは、外国に居住する場合)

この場合は、契約も非対面取引で行う可能性が高いといえますので、本人確認についても、受理+送付法、もしくは、電子証明法の形で本人特定事項の確認を行うのが良いでしょう。

取引相手方が外国籍の方であった場合

この場合、パスポート、在留カード、特別永住者証明書、住民票の写し、個人情報カード(マイナンバーカード)、住民基本台帳カードによって本人特定事項を確認できます(犯罪収益防止規則6条1項1号、7条1号)。

直接の取引相手が代理人の場合(代理人が相手方の本人確認書類を提示した場合)

「提示のみ法」による確認が認められる本人確認書類(顔写真付きの身分証明書)があれば、代理人による提示であっても問題なく本人特定事項の確認と認められます。

(運転免許証の提示を受けて本人確認事項の確認をする場合に)現在の居住地と運転免許証の住所が異なっている場合

この場合は、運転免許証以外の本人確認書類もしくは補完書類によって現在の住所を確認する必要があります。

なお、保管書類で現住所を確認する場合は、使用できるものが規則で定められているため、注意が必要です(犯罪収益防止規則6条2項)。

具体的には、税の納税証明書や、社会保険料の領収証書、各種公共料金の領収証書で、発行から6か月経過していないもの、となります。

居住者が未成年(契約者は親)の場合

契約者である親だけでなく、実際の居住者である本人についても、学生証等によって本人確認を行うようにしましょう。

「取引を行う目的」や「職業」について、HP上の入力フォーム等で本人確認を行うことの可否

このような方式でも問題ありません(職業については、職業分類の中から選択してもらう、という形でも結構です)。

終わりに

ここまで、本人確認として確認すべき事項とその手続きについて概観した上で、問題となりやすい類型についての解決方法について説明してきました。

本人確認については、法律上要求されているものに加えて、どの程度まで要求するのか、という点について、手続面の手間というデメリットと、種々のリスクの軽減というメリットの両者を考慮する必要があり、実際にどのような運用で行っていくのかというのは意外に難しい問題です。

実際に運用を決定していくには、仲介業者の方が対象としている層や取り扱う物件の性質、賃貸契約書の条件(保証人や保証会社の利用の有無)などの要素も考慮する必要があり、ケースバイケースと言わざるを得ません。

ただ、個別に確認の程度を変更するのは、取引相手方に不信感を与えかねないので、やはり、一定の基準を策定する、ということは重要といえるでしょう。

契約書のチェックを弁護士にお願いする場合には、併せて、本人確認書類のスキームについて、相談するのも一つの手でしょう。


 本記事は2019年6月執筆時での法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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