不動産売買・不動産賃貸のトラブル

原状回復とハウスクリーニング|不動産売買・賃貸借の法律相談

はじめに

不動産管理業者の方々にとって、原状回復(ハウスクリーニング)は非常に悩ましい問題です。

原状回復(ハウスクリーニング)費用は、思ったよりも高額となることも多く、この負担について賃借人の方々に事前にきちんと説明をしておかないと、思わぬトラブルを招きかねません。また、原状回復の負担範囲についても、不動産管理業者と賃借人の範囲で認識のずれがあると、やはりトラブルの元となります。

そこで、今回は、原状回復にまつわる基礎的な知識について説明していくと共に、実務上付されることの多い原状回復費用特約につき、その有効性を中心に解説していきます。

原状回復の基礎知識

原状回復とは

賃貸借契約の解約時に生じるとされる原状回復義務とは、賃貸借契約に基づいて課される、対象となった物件を(契約における使用収益によって予定された損耗等を除いて)契約開始当時の現状に戻すという、賃借人に課される義務のことです(詳細は後述します)。

具体的なものとしては、賃借人が物件に持ち込んだもの収去・通常の使用収益の範囲を超える、物件に対する損傷等の修繕・補修等が挙げられます。

原状回復義務の範囲

賃貸借契約における原状回復義務については、原則としては以下の通りです。

賃貸人(管理業者・オーナー)負担…経年劣化や通常使用による摩耗(通常使用損耗)

賃借人負担…賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗等 ※1

ただし、これだけでは具体的にイメージをつかみにくいものと思われます。

具体例についてより詳しく知りたい、という方がいらっしゃいましたら、国土交通省住宅局が発行している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改定版)※2」を参照していただくのが良いかと思います。

※1 なお、2020年に施行される民法改正では、賃借人の現状回復務が明文化される(改正民法621条)。義務の内容については大きな変化はない。

※2 http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf

原状回復費用特約の有効性

賃貸人、賃借人が負う原状回復義務の範囲については⑵で述べた通りではありますが、実務上は、賃貸借契約締結時点で、「原状回復(ハウスクリーニング)費用は賃借人の負担とする」などといった特約(以下「現状費用回復特約」といいます。)が付されていることが多く、この記事を見てくださっている管理業者の方々の多くも、賃借人との賃貸借契約を締結する際には、このような原状回復特約を付していることだと思われます。

しかし、このような原状回復費用特約は、その定め方によっては無効となってしまう可能性もあるのです。この点につき、裁判例を参照しつつ、以下で説明していこうかと思います。

原状回復特約に関する裁判例の概観

原状回復費用特約の有効性について、かつての裁判例は、本来賃貸人の負担である経年劣化等の自然損耗に関する原状回復費用を賃借人の負担とする特約(その効力)について、否定的な判断が主流でした。※3

しかし、以下の判決では、限定的ではあるものの、原状回復費用特約について有効であるとの判断がなされました。

(最高裁平成23年3月24日判決)

賃貸借契約に敷引特約が付され,賃貸人が取得することになる金員(いわゆる敷引金)の額について契約書に明示されている場合には,賃借人は,賃料の額に加え,敷引金の額についても明確に認識した上で契約を締結するのであって,賃借人の負担については明確に合意されている。

 

そして,通常損耗等の補修費用は,賃料にこれを含ませてその回収が図られているのが通常だとしても,これに充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意が成立している場合には,その反面において,上記補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみるのが相当であって,敷引特約によって賃借人が上記補修費用を二重に負担するということはできない。

 

また,上記補修費用に充てるために賃貸人が取得する金員を具体的な一定の額とすることは,通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防止するといった観点から,あながち不合理なものとはいえず,敷引特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできない。

もっとも,消費者契約である賃貸借契約においては,賃借人は,通常,自らが賃借する物件に生ずる通常損耗等の補修費用の額については十分な情報を有していない上,賃貸人との交渉によって敷引特約を排除することも困難であることからすると,敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には,賃貸人と賃借人との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差を背景に,賃借人が一方的に不利益な負担を余儀なくされたものとみるべき場合が多いといえる。

そうすると,消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は,当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額,賃料の額,礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし,敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には,当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り,信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって,消費者契約法10条により無効となると解するのが相当である。」

引用が長くなってしまい申し訳ありませんが、上記の裁判例で示された、原状回復特約の有効性判断のポイントは以下の2点です

  • ⅰ:賃借人が負担する敷引金(原状回復費用)の額が明示されていること ※4
  • ⅱ:各種事情に照らし、賃借人負担とされる原状回復費用の額が高額すぎるものとは評価されないこと

以上の2点のいずれかに抵触してしまうと、仮に争いとなった場合に、当該特約が無効(不成立)と判断されてしまう可能性が高いので、もし心当たりのある不動産業者の方がいらっしゃるのであれば、急いで修正するようにしてください。※5

なお、上記でも紹介した「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、争いを防ぐために

  • 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的・合理的理由が存在すること
  • 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
  • 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること

という要件を満たすことを推奨しています。

※3 大阪高裁平成16年12月17日判決等。なお、上記原状回復特約を否定的に解する理由として、判決では「賃料のほかに原状回復費用を賃借人におわせる旨の特約は、経済的に二重の負担を課すものであって、消費者契約法10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)に反するものである」ということが述べられている。

※4 なお、敷引特約の形をとる場合には「明示された敷引額が原状回復費用といえるか(敷引額のうちいくらが原状回復費用といえるか)という点についても明示しておいた方が良いと思われる(上記判決の岡部反対意見参照)。

※5 なお、過去の裁判例において、無効(もしくは、一般条項に過ぎない)と判断された例としては

・室内クリーニング代の他に原状回復費用(脱臭作業を含む)を頂戴する

・入居期間の長短を問わず、本物件の障子、襖、網戸の各張替え、畳の表替え及びルームクリーニングをし、これに要する費用は賃借人が負担する

といった例が挙げられる。(ただし、いずれも平成23年判決前のものであることに留意する必要はある)

検討~上記裁判例を踏まえて~

3.1 原状回復特約に関する裁判例の概観で引用した平成23年3月24日判決により、原状回復費用特約について、一定の基準の下、有効性が認められることとなりましたし、実務上も、上記判例を元に動いているといえるでしょう。

しかし、上記判決によって、原状回復費用特約に関するすべての問題が解決した、とまではいえません。特に、特約で定められた「原状回復」の範囲については、裁判例等が確立されているとは言い難いです。

例えば、ⅰ、ⅱの条件を満たし、上記判例上有効性が認められうる原状回復費用特約を盛り込んだとしても、賃借人退去時に実際に行った原状回復行為及びその費用が、すべて「原状回復」として必要なものであったか、という問題が生じる可能性があります。

退去時に賃借人から「原状回復費用として、このような費用までも負担させられると思わなかった」というところで揉めないよう、契約時点で原状回復として具体的にどのような行為を行うのか、賃借人にきちんと説明しておくことが重要です。

実際の特約において、実際に行う原状回復の内容(例えば、「ハウスクリーニング(室内清掃)及び損傷・汚れが目立つ部分の壁紙の張替え」等)を明示しておくとなお良いでしょう。※6

※6 具体的な記載例については、前掲(現状回復をめぐるトラブルとガイドライン)も参照。

終わりに

以上では、原状回復をめぐる問題について、原状回復費用特約の有効性を中心に説明していきました。

管理業者・オーナーの方々にとって特に理解して頂きたいのは、「通常損耗は基本的にこちら側負担であり、特約によって例外的に賃借人負担とすることが可能にすぎない」ということです。

そして、上記判例の通り、特約も定め方によっては無効となるので、契約書の記載等には細心の注意を払ってください。もし、自分自身での契約書チェックに不安があるのでしたら、弁護士に相談するのも一つの手でしょう。


 本記事は2019年6月執筆時での法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
 記事の内容については、執筆当時の法令及び情報に基づく一般論であり、個別具体的な事情によっては、異なる結論になる可能性もございます。ご相談や法律的な判断については、個別に相談ください。
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