不動産売買・不動産賃貸のトラブル

賃借人が行方不明の場合の対応|不動産売買・賃貸借の法律相談

はじめに

 不動産業者の方々にとって、賃借人が行方不明になってしまった、というのは悩ましい問題です。

行方不明になる人の多くは家賃を滞納しており、その回収がおぼつかなくなりますし、いつ帰ってくるかわからず、家賃の支払いも滞っている状況で、新たな賃借人にも貸せない状況が継続することは、不動産業者にとって大きな損失を生みかねません。

 そこで、今回は、賃借人が行方不明の場合で、戻ってくることが期待できない場合、新たな賃借人に物件を貸すためには、管理業者としてどのような対応を取るべきか、という点について説明していこうかと思います。

対応その1~契約の解除~

解除の可否について

賃借人が行方不明になった場合に、まず検討すべきこと、それは契約の解除が可能かどうかという点です。当然ではありますが、賃借人との賃貸借契約が解除されない限りは、新たな賃借人に貸すことはできません。そこで、まずはこの点について説明していきます。

管理会社の方々にとっては既にご存知のことかと思いますが、賃貸借契約においては、単なる債務不履行では足りず、当事者間の信頼関係が破壊されたと評価されて初めて解除を行うことができます(信頼関係破壊の法理、と呼ばれるものです)。※1 

信頼関係が破壊されたか否かの判断については、債務不履行の程度(賃料の滞納状況)をはじめとして、従前の滞納状況や物件の使用状況等様々な要因が考慮されますが、過去の裁判例からは、概ね3か月以上※2の賃料滞納が認められた場合には、よほど特殊な事情が認められない限りは、信頼関係の破壊が認められる、といえるでしょう。※3

解除の手続について

次に、信頼関係の破壊が認められた場合に、実際に解除を行う方法についてです。

法律上、契約の解除というものは、相手方への意思表示によって行うものとされているのですが(民法540条1項)、賃借人が行方不明の場合は、意思表示を行うことができないようにも思えます。

しかし、このような場合、「公示の方法」という手段を取ることで、行方不明の賃借人に対して、解除の意思表示をしたのと同様の効果を生じさせることができます(民法98条1項)。

「公示の方法」で意思表示を行う方法として端的なのは、建物明渡訴訟を提起して、その中で契約解除の意思表示を記載※4した上で、訴状の送達を公示送達※5によって行う、というものです(民事訴訟法110条1項、113条)。

このとき、建物明渡だけでなく、同時に滞納賃料の支払いも併せて訴えを提起することを忘れないようにしてください(これがなぜ重要なのか、という点については後述します)。

ただし、公示送達は、相手方が所在不明であること等が要件であるため、その証明のために調査報告書を作成し裁判所に提出する必要がある※6のですが、調査報告書を作成するために、賃借人の住民票上の近隣者への聞き込み調査や住居の状況調査(郵便受けの状況や電気ガスメーターの状況などの調査等)、親族への聞き込み等を行う必要があり、手間がかかる(=時間がかかる)、という点は押さえてください。

 ※1 最高裁昭和27年4月25日判決。なお、信頼関係の破壊が認められた場合には、解除において通常要求される催告は不要である、とも判示されている。
 ※2 なお、実務上は、2か月の家賃滞納が認められた時点で訴訟提起がなされることが多い(訴訟提起後から第1回期日までに約1か月ほどかかるが、その間に支払いがなければ、3か月の賃料滞納が認められ、信頼関係の破壊が認められるため)。
 ※3  なお、多くの賃貸借契約書において「1か月分でも賃料の支払いを怠ったら無催告で契約を解除できる」旨の特約(いわゆる無催告解除特約)が付されていることが多いが、このような特約に該当する債務不履行があっても信頼関係の破壊と評価できない場合には、解除は認められない(最高裁昭和43年11月21日判決。ただし、無催告解除の条項事自体を無効としたわけではない点に注意)。
 ※4  具体的には「本訴状の記載をもって解除する」等の記載が考えられる。
 ※5  意思表示を相手方に到達させたいが,相手方が誰であるか分からないため,又は,相手方の住所が分からない(相手方が法人の場合には,法人及び代表者の所在が分からないことが必要)ために,意思表示を到達させることができない場合に,その意思表示を到達させるための手続。
 ※6 そのほか、相手方の住民票や、宛先不明で返送された郵便物等も提出の必要がある。

対応その2~明渡しの方法~

行方不明の賃借人に対し、公示送達で訴状を送達し、契約解除の意思表示を行うとともに、建物明渡訴訟を提起することができた場合、多くの場合は、相手方当事者不在により、請求認容判決が下されることとなります。 ※7

これにより、判決を手に入れることができますが、それによって直ちに建物の明け渡し作業に入れる、ということではありません。

判決に基づき物件の明渡しを行うには、判決(執行法上は「債務名義」といいます:民事執行法22条1号)に基づいて強制執行を申し立てる必要がありますので、その点には注意してください(くれぐれも、「判決が出たからこっちのものだ」と意気込んで、勝手に明け渡し作業等に入ったりしないようにしてください。逆に損害賠償請求をされる可能性もあります※8)。

以上を踏まえた上で、強制執行の申立てを行い、それに基づき強制執行が認められたとしても、これで終わり、ということにはなりません。

なぜなら、強制執行により、物件の明渡しを行うこと(これを「断行」といいます。)は可能であるとしても、物件内に放置された賃借人の所有物(以下、「残置物」といいます。)については、原則としては、賃借人が引き取りに来るまで一定期間保管する必要があるからです(民事執行法168条6項)。

この保管費用については、執行費用として賃借人(債務者)の負担となるのが原則ですが(民事執行法168条7項、42条1項)、賃借人が行方不明の場合は、事実上債権者(管理業者)の負担となります※9。

賃借人は行方不明の場合、引き取りに来る可能性はまずゼロであり、また、残置物全てを保管するとなると、移送費及び保管費用だけでも非常に大きな額となることもあります(数十万円程度は覚悟しておいた方が良いでしょう)。

この問題をどうするか、という点について、次で説明します。

   ※7  なお、通常裁判期日において、相手方(被告)が不在(出廷しない)し、かつ答弁書等を全く提出していない場合は、擬制自白(民事訴訟法159条3項本文、1項)が成立し、それに基づいて判決がなされることが多い(いわゆる欠席判決)。しかし、送達が公示送達によってなされている場合には、擬制自白が成立しない(民事訴訟法159条3項ただし書き)。ただ、相手方(被告)が法廷に不在ということは、反論が一切ないという状態であるため、原告側の立証が通りやすく、結論として請求認容判決が下されることが多い。
  ※8  ちなみに、「賃借人が賃料を滞納した場合、賃貸人は、賃借人の承諾を得ずに本件建物内に立ち入り適当な処置をとることができる」旨の特約が賃貸借契約時に付されていたとしても、当該特約に基づく立ち入りは公序良俗に反して無効となる可能性もあるので、注意されたい(東京地裁平成18年5月30日判決)。
 ※9 詳しく説明すると、上述の通り保管費用は債務者負担となるのが原則だが、いったん申立人が納める予納金(民事執行法14条1項)から支払われ、執行費用相当額を債務者から回収の上、予納金に充当される、という形となる。しかし、賃借人行方不明の場合は、執行費用について回収可能性がないため、予納金が充当されず、債権者負担となる。

※補足⓵〔連帯保証人の明渡し義務について〕

賃借人が行方不明であっても、連絡のつく連帯保証人がいればなんとかなる…これは大きな誤りです。

なぜなら、連帯保証人には、賃借人に代わって建物の明渡しを求めることはできないからです(大阪地裁昭和51年3月12日判決)。

判決では、連帯保証人に明け渡しを求めることができない理由について以下のように触れられています。要は、明渡し債務というものは、一身専属的なものである、ということが理由のようです。

「…本件住宅の明渡債務のように、主たる債務が債務者の一身専属的な給付を目的とし、保証人が代ってこれを実現しえないものである場合には、その保証債務は、主たる債務が不履行によって損害賠償義務に変ずることを停止条件として効力を生ずるものとし、具体的には、本件住宅明渡不履行に基く住宅価額相当額の填補賠償債務を負担するにとどまり(もっとも、賃貸借の契約解除による原状回復義務および明渡遅延期間の賃料相当額の遅延賠償を支払う義務のあることは、いうまでもない)本件住宅の明渡義務そのものはないものといわざるをえない。」

その3~残置物の処分~

即日売却

⑵で説明したように、手間と費用をかけて訴訟を提起し、執行申立てが認められ、断行に至ったとしても、残置物の移送・保管で多額の費用負担を負ってしまうのはあまりにも辛いです。

しかし、このような場合について、民事執行法はいわば救済手段ともいうべきものを定めています。それが「即日売却」というものです。

「即日売却」というのは、一定の要件に該当する物品については、断行日当日(もしくは断行から1週間以内※10)に残置物を売却することができる、という制度です(民事執行法168条5項後段)。

即日売却が認められるには
ⅰ当該残置物を賃借人や同居の親族などに引き渡すことができないこと(民事執行法168条5項後段)
ⅱ相当期間内に、当該残置物を賃借人や同居の親族などに引き渡す見込みがないこと(民事執行規則154条の2第3項)
ⅲ当該残置物が高価でないこと(民事執行規則154条の2第4項)
の3要件を満たす必要があります。

そして、即日売却によって残置物を売却して得た代金については、原則として管理業者の手元に入ることとなります 。 ※11

 ※10 こちらは正確には「近接日売却」といいます。
 ※11  詳しく説明すると、即日売却で得た代金(売得金)は「その売得金から売却及び保管に要した費用を控除」し、その残額について供託することとなる(民事執行法168条8項)。保管費用については予納金から支払われる形で債権者負担となっているので(注釈9参照)、売得金が保管費用に充当されることで、債権者(管理業者)の手元に入る、ということとなる。なお、上記の通り、売得金が保管費用(及び売却費用)を上回る場合には、供託することとなるが、実務上上回ることはほぼないと思われる。

動産執行

①で紹介した即日売却は、執行費用を抑える手段としては非常に便利といえますが、高価なものは売却できないといった点がマイナスです(高価なものほど移送・保管費用がかかるため)。

そこで、残置物について動産執行を行うことが考えられます(民事執行法122条1項)。

動産執行を行う場合には、不動産とは別に残置物について債務名義を取る必要があるのですが、滞納賃料の支払いについても同時に訴えを提起し、請求認容判決を得ていた場合には、これが債務名義となり、動産執行を行うことが可能となります。

⑵で、滞納賃料の支払いについても訴えを提起した方がよい、というのはこのためだったのです。

そして、動産執行によって差し押さえた残置物については、換価手続(要は競売です)を経て、得た代金を滞納賃料に充当するという形で、賃借人が滞納した賃料の回収を図ることができます。

この点で、即日売却よりもメリットがある、といえるでしょう。

ただし、動産執行という手段にも弱点がありまして、差押禁止財産(民事執行法131条各号)に該当する動産(残置物)を差し押さえることはできません。※12 

そして、行方不明の賃借人は金銭的に困窮している方が多く、差押禁止財産に該当しないような高価な財産(嗜好品)を所有している可能性は低いため動産執行が不調に終わる可能性は高いといえます。

一方で、行方不明の賃借人が法人である場合(事業者の夜逃げパターンが典型例です)、残置物のうち差押禁止財産に該当するものが個人の場合よりも少ないため※13、動産執行により一定の効果がある、といえます。

※補足⓶〔残置物放棄条項の有効性について〕

 ここまで読んでいただいた方の中には「残置物の処分についてこれだけややこしい手続が待っているのであれば、最初から残置物を放棄させる旨の特約を賃貸借契約の締結の際に盛り込んでおけば解決するのではないか」と思われた人もいるかと思います。

しかし、このような残置物放棄条項については、判例上無効であるとされているのです(東京高裁平成3年1月29日判決)。※14

その理由について、判決では以下のように触れられています。要は、自力救済の禁止に抵触する、ということのようです。

「…右合意(残置物放棄条項を指しています。)は本件建物の明渡し自体に直接触れるものではなく、また物件の搬出を許容したことから明渡しまでも許容したものと解することは困難であるから、右合意があることによって 本件建物に関する控訴人の占有を排除した被控訴人の前示行為が控訴人の事前の承諾に基づくものということはできない。

また、什器備品類の搬出、処分については、右合意は、本件建物についての控訴大の占有に対する侵害を伴わない態様における搬出、処分(例えぱ、控訴人が任意に本件建物から退去した後における残された物件の搬出、処分)について定めたものと解するのが賃貸借契約全体の趣旨に照らして合理的であり、これを本件建物についての控訴人の占有を侵害して行う搬出、処分をも許容する趣旨の合意であると解するのは相当ではない。

これが後者の場合をも包合するものであるとすれば、それは、自力執行をも許容する合意にほかならない。

そして、自力執行を許容する合意は、私人による強制力の行使を許さない現行私法秩序と相容れないものであって、公序良俗に反し、無効であるといわなければならない。

これに対して、前者は、控訴人の支配から離れた動産の所有権の処分に関する問題にすぎず、これを他人に委ねることに何らの妨げもないというべきである。

したがって、右合意は、前者のように解する限りにおいてのみ効力を有するものと解するのが相当である。

そうすると、前説示のとおり、被控訴人による前示搬出、処分の行為は、本件建物についての控訴人の占有に対する侵害を伴って行われたものであるところ、右合意の存在によりその違法性が阻却されるものではないことが明らかである。」

 ※12 なお、差押禁止財産であっても、即日売却の対象とはなり得ます。
 ※13  民事執行法に定められている差押禁止財産は、ほとんどが個人のものであることを想定されているため。
 ※14  ちなみに、無効な残置物放棄条項に基づき残置物を取得、売却してしまった場合は、売得金相当額について損害賠償請求が行われる可能性があるため。注意されたい。

おわりに

 ここまで、賃借人が行方不明となった場合の対応について説明しました。

ここまで読んだくださった管理会社の方々はおそらく「賃借人が行方不明になるとこんなにも面倒くさいことになるのか」と思っているでしょう。

事実、上記で説明した手続きをすべて実行するとなると、大変な手間と費用、そして時間がかかります。

ですから、管理会社の方々には、まず何よりも、賃借人が行方不明とならないよう、契約時点で、賃借人本人だけでなく、親族の連絡手段も押さえておいたり、家族構成や職場等をきちんと把握しておくことが重要だと思います。

 それでも、万が一賃借人が行方不明となる事態が生じてしまった場合には、手続の複雑さや用意する資料の多さなどを踏まえると、速やかに弁護士に相談されることをお勧めします。


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