法務問題

不動産取引と契約締結上の過失について|不動産弁護士専門相談

不動産取引と契約締結上の過失について

私は不動産のオーナーです。


今般、不動産を売却するにあたり、購入予定者から、 「土地の測量や建物の外壁を修理してくれれば購入する」と言われました。


ですので、購入予定者から買付証明書を受領した後に、隣地との土地の測量を進め、購入予定者の指示した色合いに外壁を塗り直すなど修補を加えました。


ところが、売買契約が近づくと、購入予定者から、「資金繰りが悪化してきたので、やはり購入は見合わせたい」と言われました。


購入予定者が、修補すれば売買するというから土地の測量や建物の外壁修理をしたのですから、話が違うと思います。


「買付証明書を出したのだから、責任をもって購入するか、せめて土地の測量にかかった費用や外壁を修理した費用だけでも支払ってほしい」と伝えました。


ですが、購入予定者は、 「まだ売買契約を結んだわけではないのだし、買う買わないはこちらの自由だ。土地の測量は土地を売却するならどうせ必要になる費用だし、建物の外壁修理も建物自体の価値が上がるので無駄にはならない。」と主張しています。


どうすればよいでしょうか?

法的問題の所在 〜契約締結上の過失〜

上記のケースでは、未だに売買契約書に署名押印する段階まで至っていません。

ですが、購入予定で買付証明書まで受け取っているから、という理由でオーナーは、購入希望者からの要望に応じ、土地の測量や建物の外壁を修理しました。外壁は、購入予定者が指示した色にしました。

このような場合に、オーナーは購入予定者に対して、かかった費用を請求することができるのでしょうか。いわゆる「契約締結上の過失」の「交渉破棄型」のケースです。

契約締結上の過失とは

契約締結上の過失とは、契約締結の段階またはその準備段階における契約締結を目指す一方当事者の過失のことです。

契約内容に関する重要な事項について調査・告知しなかったり、相手方の合理的期待を裏切るような行為をすることにより、契約締結後、あるいは契約不成立により不測の損害を被った相手方を救済するための法理論をいいます。

この契約締結上の過失という法理論は、最高裁判決においても認められているところです。

最高裁判所昭和59年9月18日判決は、

取引を開始し契約準備段階に入ったものは、一般市民間における関係とは異なり、信義則の支配する緊密な関係に立つのであるから、のちに契約が締結されたか否かを問わず、相互に相手方の人格、財産を害しない信義則上の義務を負うものというべきで、これに違反して相手方に損害を及ぼしたときは、契約締結に至らない場合でも契約責任としての損害賠償義務を認めるのが相当である

と判示した第一審(東京地裁昭和56年12月14日判決)・原審を維持し、契約締結上の過失を認めています。

不動産取引と契約締結上の過失の裁判例

不動産取引でも契約締結上の過失が問題となるケースは少なからずあります。以下の東京地方裁判所平成27年2月19日判決などは典型例なケースの一つといえるでしょう。


不動産の購入予定者が買付証明書を交付し、不動産所有者が売渡承諾書を交付、さらには、土地売買についての協定書まで取り交わしたものの、所有者が別会社に売却した事例
(東京地方裁判所平成27年2月19日判決、ウェストロージャパン、RETIO2017.1 NO.104参照)

購入予定者としては、協定書まで締結していたのだから

①売買契約は成立している、成立していないとしても、

②信義則上の契約義務違反(この点が契約締結上の過失)を理由として、測量費用と土地の開発により得べかりし利益を請求した。

結論としては、測量登記費用等については損害賠償を認め、得べかりし利益については請求を認めなかった。

こちらの裁判例について解説を加えてみたいと思います。

契約締結上の過失について相談する

売買契約が成立しているといえるのか

まず、不動産の所有者側は、買付証明書や土地売買についての協定書を取り交わしたことなどを理由として、売買契約書はなくても売買が成立したと主張したようですが、この点について、売買契約の成立は認められませんでした。

協定書の内容にもよりますが、通常、不動産の売買では、売買契約書の売主買主双方の署名捺印を以て契約成立とすることが通常です。

特に、この裁判例の協定書では「将来における本物件の売買契約の締結を目的として」といった記載もあったことから、協定書の締結により売買契約が成立していた、と評価することは難しいものと考えられます。

不動産売買契約では、口頭で不動産を売買することが一般的とはいえませんので、売買契約書への双方の署名捺印があって始めて契約が成立する、と考えるのが通常と考えられます。

この点は、不動産売買に向けた買付証明書などが作成された場合でも、同様に売買契約の成立までは認められないこと、が通常と考えられます。

この点については、確かに、民法を勉強したことのある方であれば、「契約は口頭でも(書面がなくても)成立する」ということを知っていると思いますので、契約書がなくても口頭の合意で契約が成立するのではないか、と疑問に思われるかもしれません。

ですが、不動産売買は、不動産という重要な財産の処分であり、売買金額も高額であることも多く、慣行上も契約書作成をもって契約成立とするのが一般的であることから、売買契約書に署名捺印して始めて契約成立と評価することが通常と考えられます。

ですので、不動産の所有者・売主側としては「もう購入したはずだから売買代金を請求する」ということは通常できないと考えられます。

売買契約書の作成と内金授受で売買が成立ー東京高等裁判所昭和50年6月30日判決

この不動産に関する売買契約の成立に関連して、下記の東京高等裁判所昭和50年6月30日判決(ただし、不動産売買仲介業者の報酬請求の事案)が参考となります。

問題は、本件の如き相当高額な土地という類型に属する目的物の売買において売買契約成立の時期をどう捉えるかということである。 

相当高額の土地の売買にあつては、前示要素のほかいわゆる過怠約款を定めた上、売買契約書を作成し、手付金もしくは内金を授受するのは、相当定着した慣行であることは顕著な事実である。

この慣行は、重視されて然るべきであり、慣行を重視する立場に立てば、土地の売買の場合、契約当事者が慣行に従うものと認められるかぎり、右のように売買契約書を作成し、内金を授受することは、売買の成立要件をなすと考えるのが相当である。

本件では、右慣行に従わないとする明示の意思表示はなく、慣行のように売買契約書を作成し、この時点で内金を授受することに合意していたのであるから、売買契約書を作成し、内金が授受されない以上売買は不成立というべきである。

一般的には、売買契約が成立するには、売買契約書が作成され、双方当事者の署名捺印等がされることが必要ということです。

どのような義務が生じたのか、義務の内容はなにかを確認

さて、売買契約書がなく売買契約が成立していないとして、契約締結上の過失の裁判例に戻ります。

裁判例(東京地方裁判所平成27年2月19日判決)は、不動産取引における契約締結上の過失による損害賠償を認めたものといえますが、契約締結上の「過失」、つまり、何をもって義務違反と評価したのでしょうか。

裁判例によると「後に売買契約が締結されるかにかかわらず、契約が締結されるものと信じた(購入予定者)に財産的損害を被らせないようにする信義則上の義務を負う」とされています。

そして、「協定の効力を否定しうる事由がないのに、その事由があるものと軽信して本件協定を解消する旨の意向を示し、他の所有者も同調して交渉を一方的に打ち切った」ことを義務違反としています。(なお、説明の便宜のために表現を調整しています。)

まず、どのような義務を負うかということ、「売買契約が締結されるかにかかわらず、契約が締結されるものと信じた(購入予定者)に財産的損害を被らせないようにする信義則上の義務」としています。

不動産の売買契約が締結するにしても、しないとしても、契約が締結されるものと信じて交渉段階に入り、売買契約締結のために様々な前提行為を行っている場合には、その期待を保護する必要性があるということです。

そして、そのような期待が生じていながら、軽率にも協定の効力を否定しうる事情がないのに、その事情があると考えて一方的に交渉を打ち切ったことを義務違反と評価しています。

もちろん、交渉決裂して期待が裏切られたからといってどのような場合でも損害賠償が認められるというわけではなく、交渉が決裂したとしても、交渉が決裂することについて正当な事由があれば損害賠償義務は負わないものと考えられます。

(最高裁判所昭和56年1月27日判決の「それがやむをえない客観的事情によるのでない限り、右の者に対する不法行為責任を免れない。」参照)

不動産売買契約書を見てもらう

どのような範囲で損害賠償が認められるのか

それでは、契約締結上の過失があり、損害賠償が認められるとして、どのような範囲で損害賠償が請求できるのでしょうか。

こちらは、一般的に、契約締結上の過失による信義則上の義務違反の損害賠償の範囲は、信頼利益の範囲(契約が締結されると信じて支出した費用)にとどまり、履行利益までの賠償はできないと考えられています。

ですので、この裁判例では、測量登記費用等のみが認められ、得べかりし利益についての損害賠償は認められていません。

売買契約が締結されるだろうという信頼を裏切ったという義務違反なので、その信頼が裏切られたことによる損害について賠償される、ということです。

信頼利益・履行利益とは?

信頼利益というのは、この場合は、契約が成立するだろうと信じたために生じた損害です。

たとえば、契約が成立するだろうと思って必要な測量をした、契約が成立するだろうと思って必要な修理をした、といったものは、この信頼利益に該当しうるものです。信頼「利益」という言葉ですが、損害賠償の対象となる範囲を示す概念です。

一方で履行利益というのは、この場合、契約が成立した場合に得られるはずの利益(得べかりし利益)です。

たとえば、契約が成立して不動産を取得して、さらにその不動産を転売したら得られたであろう転売益であったり、不動産を活用して賃貸収入などで得られた将来の収益などが該当します。

過失相殺されるケースも少なくない

契約締結上の過失による損害賠償請求については、過失相殺されるケースもあります。

たとえば、損害賠償請求する側でも、軽率に契約が成立するものと信頼して、過剰な先行投資をしたような場合には、全額の損害賠償請求が認められるのではなく、その一部の賠償のみに限定されます。

このようなトラブルを防ぐためには

売買契約を締結して決済までに諸準備を進める方法

まず、売買契約を締結してから、各種の測量等の準備行為に着手する方法です。

売買契約が成立しているのですから、売主が他者に売却したい、買主が購入をやめたい、という場合には、手付解除ができるかどうか、解除の際の手付け放棄や倍返しの問題になります。

別途、手付け解除ができる条件(民法上は「履行に着手」の要件)の問題も生じますが、この点は、一定程度手付け解除ができる条件を明確に契約書に定めておくことで対処ができるでしょう。

測量や申請など、相手があって、確実に達成できるか不明のものについては、その実現ができなかった場合にどうするか、(申請が通らなかった場合には無条件での解除できる権利を留保する等)の方針について、契約書に盛り込んでおくのが確実です。

協定書等を詳細に記載して書面の趣旨を明確化

もう一つは、協定書の明確化です。上記5-1の方法のように売買契約を結ぶといっても、実務上の慣行や当事者の感覚から難しいこともあるでしょう。その場合には、本件裁判例で作成したような協定書の内容や趣旨を明確とすることも必要です。

本件の裁判例での協定書そのものを確認しているわけではないのですが、このような協定書を結ぶ場合には、協定により何を実現するか、また、協定から離脱するための条件などを明記する方法もあるかと思います。

たとえば、協定から売買契約の締結までの間に、測量と申請を行う、測量と申請が双方できなかった場合には協定書は効力を失い、双方は互いに損害賠償できない、○○までは他者に売却することはできない、あるいは、売買契約書を作成するまではどのような条件で交渉は記できるか、等々です。

このように協定書の中に具体的な条件を盛り込んでおけば、互いに過剰な信頼をもってトラブルが生じてしまう、といった事態は避けられるのではないか、と思います。

買付証明や協定書などの法的位置付けを理解する

5-2に近い内容ですが、実務上「買付証明書」「協定書」等々の売買契約の前段階での書面が取り交わされることがあります。

このような書面の作成授受は、当事者間に、将来に売買契約が成立するであろう期待を抱かせるものですが、一方で、その内容や法的位置づけが明確でなく、また、それが原因でトラブルとなってしまうケースも散見されます。

たとえば、「不動産とりまとめ依頼書」という、不動産の売却金額や「売主の承諾が得られ次第、売買契約を締結する」等の記載のある書面があって、その後、購入をしなかった事例(東京地方裁判所平成26年12月18日判決・ウエストロー・ジャパン・RETIO2015.10 No.99)もあります。

こちらの事例では、「不動産とりまとめ依頼書」は、不動産の購入を希望する意向を示したものにすぎないとして、売買契約の成立はもちろん、契約締結上の過失による損害賠償も否定されています。

買付証明書も同様に、それ自体で売買契約が成立したものとは通常認められない、と考えられていることについては、すでに述べたとおりです。

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 本記事は2020年7月執筆時での法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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