立ち退き・明け渡し

建物明渡しから執行までの手続|賃料滞納・建物明渡の法律相談

はじめに

管理業者の皆様にとって、管理物件の賃借人が家賃の滞納を継続した場合には、さらなる損失の拡大を防ぐため、賃借人に物件を明け渡してもらうための手段を取らざるを得ません。

しかし、実際にどのような手続が行われるのか、どのくらいの費用・時間がかかるのか、という点につきましては、実のところよく分かっていない、という方も多いのではないかと思います。

今回は、物件の明渡しに関する一連の手続について、説明していきたいと思います。

第1段階…契約解除の通知

まず、明渡しを進めるための第1歩として、契約解除の通知を行います。

これについては、「家賃の滞納がこのまま継続するようであれば、相当期間経過後に解除する」旨 の内容の書面を送付すればよいです。

送付方法としては、内容証明郵便で送るのが後々のことを考えると良いかと思います(普通郵便でもダメではないのですが、送付をいつ行ったのか、という点で争いが起きやすいので、このような争いが起きるのを防ぐべく、送付した日時・内容等がきちんと公的記録として残る内容証明郵便がベターです)。

※ なお、この時点で、電気・ガス・水道の公共料金の支払い名義が誰か、という点についても、調査可能であればこの時点で調査しておくと良いでしょう(仮に強制執行の段階にまで至った場合に、居住者決定のために重要となります)。

第2段階…訴訟提起・裁判

解除通知を送ったのに全く音沙汰もなく、出ていく気配もない…そのような場合には、訴訟を提起することとなります。

このとき、物件の明渡しのために、「(土地)建物明渡請求訴訟」を提起するのですが、この際に、同時に滞納賃料の支払いも併せて訴えを提起することを忘れないようにしてください。

併合して訴えを提起することが、執行段階で大きな意味を持つことになります(詳しくは後述します)。

また、契約書上の賃借人と実際の居住者が異なる場合には、実際の居住者を被告として明け渡し訴訟を提起する必要があります。

その点に注意してください(上述した、公共料金の支払い名義を調査するのは、賃借人と実際の居住者の同一性を確認する意味合いもあります)。※1

訴訟を提起することで、裁判が進んでいくこととなるわけですが、(勝訴)判決が出なければ、明け渡してもらうことはできない、というわけではありません。裁判の途中で和解が成立した場合には、それに基づいて明渡しを求めることが可能です。

ちなみに、建物を明け渡す旨の和解が成立したにも関わらず、和解に反し履行されない場合 には、和解は判決と同じ効力を有するので、和解調書に基づき執行が可能です(民事訴訟法267条)。

※ なお、和解調書に際しては、執行文が付与されたものをもらうことを忘れないようにしてください。※2 

下記の強制執行は、「執行文の付された債務名義(判決や和解調書などのことを指します)の正本に基づいて実施される」ためです(民事執行法25条)。


※1 ちなみに、契約者を被告とする場合は、賃貸借契約の終了に基づく建物明渡請求となるが、直接の契約者でない居住者を被告とする場合には、所有権に基づく建物明渡請求を行うこととなり、訴訟物(請求権)が変わるので、その点に注意。

※2 執行文の付与は、執行文付与の申立てに基づいてなされる(民事執行法26条1項)。

第3段階…強制執行

認容判決が出る、もしくは和解が成立したら、これで物件が明け渡される…と、ただちになるわけではありません。判決や和解が成立しても、判決文や和解調書それ自体では、物件の明渡しを強制する力はありません。

建物の明渡しを強制するのは、裁判ではなく「強制執行」という手続によって行われます。以下では、手続の流れについて説明していきます。強制執行は、申立てによって始まります(民事執行法2条)。

判決や和解調書(の正本)に基づき、強制執行の申立てを行うと、数日以内に執行官と打合せを行い、「催告」の日程を決めることになります。

「催告」とは、物件に実際に赴き、内部の状況等を確認した上で、強制執行を行う日(実務上「断行日」といいます)を決める日のことです(民事執行法168条の2第1項参照)。

なお、申立てを行う際には、申立人が手数料に加え、職務執行に要する費用の概算額を予納する必要がありますので、この点にご注意ください(執行官法15条)。

「催告」の日には、原告(もしくはその代理人)及び立会人、開錠技術者(鍵屋)※3 等が立会い、物件の状況(ポスト内の郵便物、名前の表示、表札、 ライフライン の使用状況等)を確認して債務者(被告)と居住者の同一性を調査し、物件内に立ち入ります。※4

仮に、債務者(被告)の立会いがなくとも、立ち入りは問題なく行うことができます。そして、催告の場で(債務者(被告)がいればその者も交えて)断行日を決定します。

物件の現況によっても異なりますが、原則として物件の引渡し期限は催告の日から1か月後と法律で定められているので、断行日は概ね1か月後の数日前に行われることが多いです(民事執行法168条の2第2項本文)。※5

この際に、債務者(被告)が立ち会っている場合は、その者と(実質的に最後の機会となる)、明渡しの交渉を行うのが一般的です(強制執行にかかる費用はすべて債務者負担であり(民事執行法42条1項)、また執行費用は通常の引っ越し費用によりも大幅に高額となる旨の事実を交渉材料とするのがベターでしょう)。※6

交渉が奏功せず、断行日までに明渡しがなされなかった場合には、強制執行に踏み切ることになります。

強制執行は、運送業者(執行補助者)によって、物件内部に残置された物をすべて運び出すという形で行われ、これをもって、物件の明渡しが完了した、ということとなります。ちなみに、運び出された物品については、債務者(被告)が引き取りに来るまで一定期間保管しなければなりません(民事執行法168条6項)。

保管費用については執行費用となり、債務者負担となるのが原則です(民事執行法168条7項、42条1項)。(ただし、後述の点に注意)


※3 なお、大家が鍵をもっている等、開錠に問題がないとされる場合は必須ではない。

※4 ちなみに、債務者(被告)と居住者の同一性に齟齬が見られる場合には、執行はできなくなるため、物件の状況によっては執行中止を執行官が宣言する場合もある。

※5 なお、執行裁判所の許可があれば、執行官によって明渡し期限を1か月より後に設定されることもある(同項ただし書き)。

※6 なお、仮にこの時点で明渡しに関しての交渉がまとまった場合は、明渡届を債務者(賃借人)に記載してもらい、明け渡しを確約してもらうという形をとることが多い。

ちなみに、明渡届において残置物放棄条項を入れる場合が実務上多くみられるが、このような条項の有効性については判例上疑義があることに注意する(東京地裁平成3年1月29日判決)。

手続に要する費用

以上では、物件の明渡しに関する一連の流れについて説明しました。

それでは、実際に解除通知~訴訟提起~執行まで行った場合に、オーナー側にとってはどれほどの費用負担が求められるのでしょうか。

まず、解除通知の送付については、内容証明郵便で行う場合を踏まえると、1通あたり1200円程度となります(2枚目以降は額がやや安くなります)。※7

続いて、訴訟費用についてですが、建物明渡訴訟の場合、訴額が建物の価格 ※8 を基準として算定されます。また、同時に未払い賃料についても請求することが多いことを踏まえると、訴額は高額となりがちであり、それに伴い、印紙額も高額になります。※9

強制執行については、予納金については裁判所や相手方の人数によって変動しますが、相手方が1名の場合は、明渡しについては6~7万円程度、(未払い賃料等も併せて請求した場合には)差押について3~4万円程度を要することが多いです。

そして、実際に執行を行った(断行した)場合には、物件の広さや現況にもよりますが、その費用として、数十万円もの費用が掛かります。

なお、断行の際の荷物の運び出しに関しては、運送業者を用いることもありますが、執行補助者と呼ばれる、執行の専門家に頼むことも多いです(ただし、こちらの方が費用は高額となります)。

また、上述のように、物品は一定期間保管しなければならないので、その保管費用もかかります。

上記の執行費用(執行に伴い要した費用)については、上述した通り債務者負担が原則とはなりますが、まずは債権者(原告)の側で一度負担したあと、債務者(被告)に請求する形となるところ、賃料を滞納している賃借人(債務者)は、生活に困窮していることが多く、事実上回収できる可能性はほとんどない、と言ってもよいでしょう。

また、上記の執行手続は非常に複雑であり、提出書類等も細かいため、弁護士を頼むことが一般的ですが、そうしますと、弁護士費用として更に数十万円を要することになるでしょう。

以上より、執行に踏み切ると、合わせて100万円以上は要する、と考えてもらった方が良いかと思います。

このように、執行には多額の費用がかかりますので、オーナー側としては、あくまで執行は最終手段という位置づけで、何とかそこに至るまでの交渉で建物の明渡しを実現することを目標に動くべきでしょう。

※ なお、訴訟提起の際に未払い賃料請求も併せて提起し、勝訴判決を獲得しておくと、執行の段階において、動産執行(民事執行法122条1項)を行い、物件内の物品を差し押さえ、換価手続を経ることで、執行費用に充てることが可能です。

また、一定の要件を満たした場合には、即日売却(民事執行法168条5項後段)を行うことができ、物品の換価手続を経てやはり執行費用に充てることが可能です。

しかし、これらの制度には様々な制限があるため、執行費用の回収・保管費用の軽減という目的を達成することは正直難しい、と言わざるを得ません。※10


※7 なお、通常内容証明郵便は郵便局の窓口から発送が一般的であるが、電子内容証明郵便という手法もある。

※8 固定資産評価額の2分の1が一般的な基準とされる。

※9 訴額に関しては、後記URLも参照。http://www.courts.go.jp/vcms_lf/315004.pdf

※10 動産執行及び即日売却の詳細については、以前の記事(「賃借人が行方不明の場合の対応」)参照。

終わりに

以上まで、物件明渡しまでの手続の一連の流れについて説明してきました。執行までもつれ込んでしまうと、物件の明渡しに至るまでに長い時間がかかり、かつ多額の費用を要する羽目になります。しかも、滞納された賃料が返ってくることはまずありません。

したがって、賃料滞納が問題となった場合には、安易に追い出そうとするのではなく、滞納賃料等の支払いも含めて、どのように対応していくか、という点について、賃借人と協議を重ねた方が、最終的には良いかと思います。

また、明渡しのための手続もそうですが、上記協議に関しても、ケースによって微妙な判断を要することが多く、管理業者の方が自らですべて行うのはあまりに大変ですし、日々の業務に差支えが出てしまう可能性もあります。

ですので、賃借人の追い出しが問題となった場合には、早い段階で弁護士に相談することをお勧めします。


 本記事は2019年6月執筆時での法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
 記事の内容については、執筆当時の法令及び情報に基づく一般論であり、個別具体的な事情によっては、異なる結論になる可能性もございます。ご相談や法律的な判断については、個別に相談ください。
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