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2019.06.21
2019.07.29

地面師と戦う、不動産困難事件対応

弁護士からみた地面師事件|地面師たちの死?〜相次ぐ検挙、公判開始の積水ハウス事件

「地面師」という奇妙な言葉も、ずいぶんと市民権を得たものです。

「地面師」とは何か。

一言でいえば、「不動産(≒地面)の乗っ取りを専門とする詐欺師」といったところでしょうか。

2017 年にアパホテル事件(被害額:約 12 億 6000 万円)、2018 年に積水ハウス事件(被害額:約 63 億円)という、それぞれ名の知れた企業が被害者となった大型事件の検挙報道が相次ぎ、一躍有名になりました。

最近でも、町田市の事件や杉並区の事件で検挙の報道がありました(いずれも 2019 年 6 月)。

多くの地面師事件で共通する手口は、概ね以下のようなものです(これに必ずしも当てはまらない特殊類型もあります。)。

①収益力が高いにもかかわらず、所有者が高齢・病気等の理由で管理が行き届いていない不動産物件をターゲットにする。
②本人確認書類や実印を偽造するなどして、他人が所有者になりすます(偽所有者)。
③なりすました偽所有者が当該不動産を売却し、代金は仲間で山分けする。
④対象不動産の買主はさらに転売を繰り返すなどし、真の所有者による権利回復を困難にする。

このような地面師事件に携わるのは、高度に分業化された専門家集団で、実に手際よく犯罪を遂行していきます。

地面師たちの死? ―相次ぐ検挙、公判開始の積水ハウス事件―

所有者役(偽所有者)のなりすまし犯のほか、彼らをスカウトする「手配師」、なりすましのための道具(本人確認書類や実印等)を偽造する「ニンベン師」、対象不動産を買い取るなどする不動産ブローカー、そしてこれらを事実上統括するプロデューサー役ともいうべき大物地面師などなど、数多くのプレイヤーが登場するのが常です。

彼らは役割分担がはっきりしていて、事件への関与はそれぞれ限定的になっています(これは意図的なものです。)。

このため、疑わしい人物がいたとしても、事件への関与を立証することができなかったり、事件への関与自体は明白であっても、「自分は頼まれただけだ」「詐欺だとは知らなった」などとシラを切られて犯意を立証することができなかったりすることが、少なくありません。

なりすまし犯など末端レベルを検挙することができたとしても、事件の全体像を解明し、黒幕の大物地面師にまで迫ることは至難の業です。

以上は刑事事件としての検挙についてですが、民事事件として被害を受けた真の所有者が権利を回復しようとする(対象不動産を取り戻す、損害賠償を請求する、など)場合も、大きな障害となります。

詳細は専門的になってしまうので割愛しますが、対象不動産が転売されるなどして「善意の第三者」が権利を取得してしまうと、これを取り戻すことは非常に困難となります。

多くの場合、転売先もあやしげな不動産ブローカーで「善意の第三者」であることが疑わしかったりもするのですが、こちらも証拠不足が壁となり、権利の回復はしばしば頓挫してしまうのです。

筆者もかつて地面師事件の被害者から委任を受け、資産の防衛や権利の回復、関係者の処罰に尽力し、幸いにしてそれなりの成果を上げることができましたが、こうした地面師集団の特異な構造にはずいぶんと苦労させられました。

社会全体としては、未解決のまま被害者が泣き寝入りを余儀なくされ、あるいは被害が認知されることすらなく闇に消えた事件も、相当数あるようです。

さて、地面師事件には流行の波があり、現在は「第三次地面師ブーム」ともいうべき状況です。

第一次ブームは戦後の混乱期、第二次ブームは昭和末期から平成初期のバブル時代と重なります。

第一次はやや特殊ですが、第二次と第三次に共通するのは、不動産相場が活況を呈し、価格が上昇している局面であるということです。

判開始の積水ハウス事件―①

これは地面師たちの立場で考えればある意味当然のことで、彼らもリスクを冒して違法行為に手を染める以上、乗っ取りの対象不動産が高額で転売できるなど、それなりのリターンが期待できる環境でなければなりません。

もっとも、これは筆者の私見になりますが、実は「第三次地面師ブーム」もピークは 2013年から 2015年までの時期であり、ブームとしては既に終焉しているものと思われます。

報道されている事件も、多くはこの時期に発生したものです(積水ハウス事件はやや遅めですが。)。

前述した地面師事件の特殊構造もあり、警察の捜査に時間がかかりがちという事情があります。

東京オリンピックを目前に控え、不動産相場もピークアウトしたと指摘されており、地面師たちのインセンティブは働きにくい環境になりつつあります。

地面師事件がこれだけ世間の注目を集め、警察も法務局(登記所)も警戒を強めていることもあり、今後(過去の事件の検挙はあっても)新たな事件が発生することは多くないと思われます。

やがて地面師という言葉も死語になるかもしれません。

もっとも、数年後、十数年後、不動産相場が好転することがあれば、おそらく地面師たちは復活し、そのときの環境に応じて手口をアレンジして、再び暗躍を始めるのではないでしょうか。

地面師被害を予防する、あるいは誤って地面師被害物件を購入するなどしてトラブルに巻き込まれることを回避するためのコツも、あるにはあるのですが、根絶するためには、日本の不動産登記制度や印鑑登録制度にメスを入れる必要もありそうです。

(執筆者)
弁護士 山岸 泰洋(やまぎし やすひろ)
企業法務分野に注力し、医療機関や介護事業者の案件に精力的に取り組んでいる。医療・介護の分野では、行政規制対応など特有の案件を数多く経験する。そのほか、不動産関係の民事訴訟(保全・執行を含む)、会社関係(支配権争い)及び建築関係の民事訴訟、行政争訟、国際仲裁など、専門性の高い分野の案件の経験が豊富。