医療・介護業者向けの不動産法律問題

医療・介護施設のための不動産賃貸借を巡って、医療機関・介護事業者と不動産オーナーが注意すべきこと | 医療・介護業者向けの不動産法律問題

はじめに

医療機関(病院、クリニック)や介護事業者が医療・介護施設を設置するとき、そのための建物を賃借したり、建物は自己所有であるものの敷地は借地であったりするケースが、しばしばあります。

特に前者(建物賃借)のケースでは、実質的には医療機関・介護事業者が地主さんと企画段階から協働して、初めから施設としての用途に特化した建物を設計し、地主さんに建築してもらった上で、これを一括で借り上げるというスキームも少なくありません。

しかし、医療・介護は何といっても特殊な世界です。

患者さん・利用者さんの生命、健康、あるいはQOL(生活の質)を守るという公共性の高い使命がありますので、施設の設置・運営についてもさまざまな規制があり、また、経営の安定性・持続性が強く求められます。

貸し手である不動産オーナーにとっても、医療・介護施設のための不動産賃貸借は、比較的安定した賃料収入が期待できる上、一種の社会貢献にもつながりますが、こうした医療・介護施設であるがゆえの特殊性は十分に理解する必要があります。

ところが、実際には、よく考えないまま一般的な契約書ひな形を利用して契約を締結してしまったり、そうでなくとも、医療・介護施設にマッチしない無理のある内容で契約を締結してしまったりする事例が、残念ながらかなり多いというのが現状です。

筆者が弁護士として対応に当たった案件の中には、実質的には一種の業務提携契約であるにもかかわらず、無理やり一般的な不動産賃貸借の形式で契約が締結されたため、複雑かつ深刻なトラブルが生じ、双方当事者とも甚大なダメージを受けたという事例もありました。

このような「ミスマッチ契約」によってトラブルが生じると、中長期的には、貸し手である不動産オーナーと借り手である医療機関・介護事業者の双方が損をする傾向が強いというのも、医療・介護施設のための不動産賃貸借契約の大きな特徴です。

そればかりでなく、患者さんや利用者さん、ひいては行政や地域住民にも迷惑をかけることになりかねません。

そこで、本記事では、このような不幸な事態を根絶していただきたく、

「ミスマッチ契約」を回避するためのポイントをまとめてみました。

何が問題となるか ~総論~

まずは、大づかみに見てみましょう。

医療・介護施設の主たる特徴は、

第一に、経営の安定性・持続性が強く求められること

第二に、公的な医療保険・介護保険に基づく診療報酬・介護報酬の改定によって売上が大きく変動することです。

医療・介護施設のための不動産賃貸借契約のチェックポイントはいくつかありますが(後記「何が問題となるか ~各論~」)、 基本的には上記二点に由来するといっても過言ではありません。

経営の安定性・持続性

前述のとおり、医療・介護施設の主たる特徴として、経営の安定性・持続性が強く求められるということが挙げられます。

たとえば飲食店などであれば、収益が上がらなければすぐ撤退ということも少なくありませんが、医療・介護施設の場合は、患者・利用者・周辺住民等への影響が大きく、自治体も地域の医療計画などもふまえつつ開設許可等を出したわけですから、そう簡単に撤退されては困るわけです。

このことから、公的な規制としても、医療・介護施設については、医療機関・介護事業者が自己所有することが望ましいとされ、そうではなく賃貸借契約による場合は、契約期間の長さなど安定性・持続性を確保することが求められています。

平成5年2月3日付(平成24年3月30日最終改正)
厚生労働省健康政策局総務課長・指導課長通知 「医療機関の開設者の確認及び非営利性の確認について」《抜粋》
第一 開設許可の審査に当たっての確認事項
医療機関の開設許可の審査に際し、開設申請者が実質的に 医療機関の開設・経営の責任主体たり得るか 及び営利を目的とするものでないか否かを審査するに当たっては、 開設主体、設立目的、運営方針、資金計画等を総合的に勘案するとともに、以下の事項を十分に確認した上で判断すること。
なお、審査に当たっては、開設申請者からの説明聴取だけでなく、 事実が判断できる資料の収集に努めること。
1 医療機関の開設者に関する確認事項
(2) 開設・経営の責任主体とは 次の内容を包括的に具備するものであること。
⑥ 開設者が、当該医療機関の収益・資産・資本の 帰属主体及び損失・負債の責任主体であること。
なお、医療機関が必要とする土地、建物又は 設備を他の第三者から借りる場合においては、

ア 当該土地及び建物については、賃貸借登記をすることが望ましい(病院に限る。また、設備は除く。以下同じ。)。
イ 貸借契約書は適正になされ、借料の額、契約期間等の契約内容 (建物が未完成等の理由で契約未締結の場合は、契約予定の内容)が適正であること。
ウ 借料が医療機関の収入の一定割合とするものでないこと。
平成19年3月30日付厚生労働省医政局長通知「医療法人制度について」《抜粋》
第1 改正の内容
6 医療法人の資産要件の見直しについて
(2) 医療法人の施設又は設備は法人が所有するものであることが望ましいが、 賃貸借契約による場合でも当該契約が長期間にわたるもので、かつ、確実なものであると認められる場合には、その設立を認可して差し支えないこと。
ただし、土地、建物を医療法人の理事長又はその親族等以外の第三者から賃貸する場合には、当該土地、 建物について賃貸借登記をすることが望ましいこと。
また、借地借家法(平成3年10月4日法律第90号)に基づき、土地、建物の所有権を取得した者に対する対抗要件を具備した場合は、賃貸借登記がなくても、当該土地、建物の賃貸借を認めても差し支えないこと。
なお、賃貸料については、近隣の土地、建物等の賃貸料と比較して著しく高額なものである場合には、法第54条(剰余金配当の禁止)の規定に抵触するおそれがあるので留意されたいこと。
平成14年7月18日付(平成30年4月2日最終改正)
厚生労働省老健局長通知「有料老人ホームの設置運営標準指導指針について」《抜粋》
4 立地条件
⑶ 借地による土地に有料老人ホームを設置する場合又は借家において有料老人ホーム事業を実施する場合には、入居契約の契約期間中における入居者の居住の継続を確実なものとするため、契約関係について次の要件を満たすこと。
一 借地の場合(土地の所有者と設置者による土地の賃貸借)
イ 有料老人ホーム事業のための借地であること
及び土地の所有者は有料老人ホーム事業の継続について協力する旨を契約上明記すること。
ロ 建物の登記をするなど法律上の対抗要件を具備すること。
ハ 入居者との入居契約の契約期間の定めがない場合には、借地借家法(平成3年法律第 90 号)第3条の規定に基づき、当初契約の借地契約の期間は 30 年以上であることとし、自動更新条項が契約に入っていること。
ニ 無断譲渡、無断転貸の禁止条項が契約に入っていること。
ホ 設置者による増改築の禁止特約がないこと、又は、増改築について当事者が協議し土地の所有者は特段の事情がない限り増改築につき承諾を与える旨の条項が契約に入っていること。
へ 賃料改定の方法が長期にわたり定まっていること。
ト 相続、譲渡等により土地の所有者が変更された場合であっても、契約が新たな所有者に承継される旨の条項が契約に入っていること。
チ 借地人に著しく不利な契約条件が定められていないこと。
二 借家の場合(建物の所有者と設置者による建物の賃貸借)
イ 有料老人ホーム事業のための借家であること及び建物の所有者は有料老人ホーム事業の継続について協力する旨を契約上明記すること。
ロ 入居者との入居契約の契約期間の定めがない場合には、当初契約の契約期間は 20 年以上であることとし、更新後の借家契約の期間(極端に短期間でないこと)を定めた自動更新条項が契約に入っていること。
ハ 無断譲渡、無断転貸の禁止条項が契約に入っていること。
ニ 賃料改定の方法が長期にわたり定まっていること。
ホ 相続、譲渡等により建物の所有者が変更された場合であっても、契約が新たな所有者に承継される旨の条項が契約に入っていること。
へ 建物の賃借人である設置者に著しく不利な契約条件が定められていないこと。
ト 入居者との入居契約の契約期間の定めがない場合には、建物の優先買取権が契約に定められていることが望ましいこと。
⑷ 借地・借家等の契約関係が複数になる場合にあっては、土地信託方式、生命保険会社による新借地方式及び実質的には二者間の契約関係と同一視できる契約関係であって当該契約関係が事業の安定に資する等やむを得ないと認められるものに限られること。
⑸ 定期借地・借家契約による場合には、入居者との入居契約の契約期間が当該借地・借家契約の契約期間を超えることがないようにするとともに、入居契約に際して、その旨を十分に説明すること。なお、入居者との入居契約の契約期間の定めがない場合には、定期借地・借家契約ではなく、通常の借地・借家契約とすること。

借り手である医療機関・介護事業者の立場からしても、医療・介護施設の開設のためには、高額な医療機器の導入など相当の設備投資を要することから、一定以上の長期的なスパンで投下資本を回収できなければ経営が成り立ちません。

また、貸し手である不動産オーナーの立場からしても、特に建物賃借型の契約では、その建物自体、医療・介護施設として賃貸することに特化して設計・建築していることが多く、転用が難しいことから、やはり投下資本回収の観点が重要となります。

建物建築のためにローンを組んでいる場合は、月々の返済があるので尚更です。

このような貸し手と借り手のそれぞれのファイナンスの観点からも、医療・介護施設の経営の安定性・持続性は非常に重要であり、賃貸借契約による場合は、ある程度の長期性と確実性が求められることになります。

診療報酬・介護報酬の改定による売上の変動

医療・介護施設のもう一つの大きな特徴は、公的な医療保険・介護保険に基づく診療報酬・介護報酬の改定によって売上が大きく変動することです。

医療・介護施設の売上は、基本的に公的な医療保険・介護保険に基づく診療報酬・介護報酬に依存しています。

ところが、この診療報酬・介護報酬は、その時々の政治情勢によって実によく改定されます。

近年では社会保障財政が急速に悪化しており、やむをえない面はあるにせよ、医療・介護施設の経営という観点からは、売上の基盤がコロコロと変わり、場合によっては収益モデルが前提から覆ってしまうわけで、非常に悩ましいところです。

医療・介護施設のための建物又は敷地を賃貸借によって確保している場合、その施設の売上を原資として賃料を支払うのが通常です。

ところが、診療報酬・介護報酬の改定によって当初想定していた売上が得られない事態となると、賃料の支払にも支障をきたすことになります。

これは一種の政治リスクですが、貸し手(不動産オーナー)と借り手(医療機関・介護事業者)の双方が認識しておくべき重要なポイントです。

何が問題となるか ~各論~

以上をふまえつつ、実際の賃貸借契約書において特にチェックすべき項目を見てみましょう。

賃貸借の目的物

何が賃貸借の目的物(賃貸物件)であるかを明確に定義すべきことは、医療・介護施設のための不動産賃貸借契約に限ったことではありません。

敷地や一棟の建物全体を丸ごと賃貸するのであれば、賃貸借の目的物を定義することはさほど難しくはないでしょう。

これに対し、一棟の建物の一部を賃貸するのであれば、契約書の別紙として平面図を付けるなどして、賃貸借の目的物の範囲を明確にする必要があります。

敷地内に駐車スペースを設けて賃貸する場合も、その範囲を明確にしておくべきです。

なお、ごくまれに、敷地の賃貸借なのか建物の賃貸借なのか、あるいは、そもそも賃貸借ではなく他の契約類型がふさわしいのではないか、などと疑わしい事例もありますので、注意を要します。

使用目的

医療・介護施設としての使用であることを明記すべきです。

もっとも、特に介護施設にはさまざまな種類があり、経営環境の変化に応じて種類の切替えのニーズが生じることもありますので、借り手(医療機関・介護事業者)としては、ある程度幅を持たせた規定にしておきたいところです。

契約期間/定期賃貸借か普通賃貸借か

前述のとおり、医療・介護施設には経営の安定性・持続性が強く求められます。

十分な長さの契約期間を設定しておかないと、そのような社会的要請とのミスマッチにより、後日トラブルが生じるリスクが高まります。

なお、定期賃貸借(定期借地・定期借家)を選択することも禁止はされていませんが、借り手(医療機関・介護事業者)の立場からすると、基本的に更新はできず、約束した年限での施設閉鎖を余儀なくされるので、慎重な検討を要します。

この点、特に有料老人ホームについては、厚生労働省の通達により、

「入居者との入居契約の契約期間が当該借地・借家契約の契約期間を超えることがないようにするとともに、入居契約に際して、その旨を十分に説明すること。なお、入居者との入居契約の契約期間の定めがない場合には、定期借地・借家契約ではなく、通常の借地・借家契約とすること。」

とされています(前掲「有料老人ホームの設置運営標準指導指針について」)。

中途解約

前述のとおり、医療・介護施設には経営の安定性・持続性が強く求められます。

これは、医療・介護施設の社会的使命の観点のみならず、貸し手と借り手のそれぞれのファイナンス(投下資本の回収等)の観点からも、ニーズのあるところです。

したがって、当事者一方からの申出により契約期間内に中途解約することができる条項を設ける場合には、慎重な検討を要します。

仮に相手方当事者から一方的に中途解約をされた場合にいかなる損失をこうむるか、十分なシミュレーションを行い、それに見合うだけの相当なペナルティ(解約料等)を付すなど、リスク軽減の措置を講ずるべきです。

逆に、経営環境の変化等に応じて弾力的に契約を終了させる選択肢を確保しておきたいのであれば、ペナルティとセットであっても中途解約条項を設ける意義はあります。

賃料増減額

医療・介護施設のための不動産賃貸借契約は、施設経営の安定性・持続性の観点から長期化の要請がある一方、長期化すればするほど、診療報酬・介護報酬の改定によって売上が変動し、賃料の原資に支障をきたすなどのリスクが増大するといえます。

このような事態に備える解決策としては、前項の中途解約により契約を終了させるという方法もありえますが、賃料を増額又は減額して調整するという方法のほうが穏当かもしれません。

賃料増減額については、借地借家法の規定があり、また、一般的な不動産賃貸借契約書の雛形にも規定が盛り込まれており、上記のような事態をカバーすることも一応可能です。

もっとも、よりリスク回避の確度を上げ、相手方当事者の予測可能性も高め、できる限りトラブルの芽を摘むのであれば、契約書の該当条項の中に賃料増減額の際の考慮要素として、「診療報酬・介護報酬の改定」を明記することが考えられます。

敷金・保証金/原状回復

医療・介護施設は特殊な設備や機器、医薬品等を取り扱うこともあり、契約終了・明渡しの際、借り手(医療機関・介護事業者)にどこまでの原状回復義務を負わせるかについては、契約書に明記してトラブルの芽を摘んでおくべきです。

敷金・保証金についても、そこで画定された原状回復義務の範囲をふまえて、必要十分な金額を設定するとよいでしょう。

結びに代えて ~本当は怖い契約書?~

以上、概括的ではありますが、医療・介護施設ための不動産賃貸借契約に関する注意点を解説させていただきました。

いうまでもなく、契約には法的拘束力があります。

基本的には契約書に書いてあることが全てであり、いったん契約が成立してしまうと、その内容を変更することは全くの不可能事ではないにせよ、ハードルは相当に高いといわざるをえません。

いったん成立した契約の内容を事後的に変更することは、(若干の例外を除けば)あくまでも「お願い」ベースの話であり、相手方に拒否されればそれまでのことです。

「とりあえず形だけでも契約は結んでおいて、不都合があれば事後の協議に委ねる」といった、良くいえば信頼関係に基づく、悪くいえば「ずぶずぶ、なあなあ」の契約実務は、令和の時代にはもはや通用しません。

特に医療・介護施設のための不動産賃貸借は、契約期間も長くなる傾向があり、契約締結段階で安易な妥協をしてしまうと、それによる損害は甚大なものになりかねません。

ぜひ専門知識のある弁護士を活用し、しっかりと吟味した上で契約を締結していただきたいと思います。


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