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近年、首都直下地震や南海トラフ地震など大規模地震への懸念が高まる中、旧耐震基準で建築された老朽化アパート・マンションが賃貸市場に一定数残っている実情があります。
築年数が経過した物件は賃料水準が下がりやすく、その結果、十分な修繕や耐震補強に資金が回らないという悪循環が生じやすい構造にあります。
このような物件を仲介・管理する実務担当者にとって、「建物が倒壊し入居者が死傷した場合、オーナーはどのような責任を負うのか」という論点は、決して他人事ではありません。
オーナーへの説明義務、管理会社としてのリスク管理、そして仲介時の重要事項説明にも直結するテーマです。
目次
実際に、次のようなご相談は珍しくありません。

賃貸アパートを所有しています。築45年と古いアパートで、入居者からあまり賃料も取れないため、十分な補修も行えていません。最近は地震も多いですが、万が一、大地震などで建物が倒壊して入居者が怪我をしたような場合に、オーナーが責任を負うようなことはありうるのでしょうか。
このような相談を受けた際、実務担当者としてどのような法的根拠に基づき、どこまで説明すべきかを整理しておくことが求められます。
結論から述べると、建物があるべき性能を有していなかった場合や、必要な修繕を行っていない場合には、オーナーが損害賠償責任を負う可能性があります。
その法的根拠となるのが、民法717条に定められた「工作物責任」です。
工作物責任とは、土地の工作物(建物・塀・石垣等)の設置または保存に「瑕疵」があり、それによって他人に損害が生じた場合に、その工作物の占有者または所有者が損害賠償責任を負うという制度です。
「設置の瑕疵」とは当初からの瑕疵、「保存の瑕疵」はその後に生じた瑕疵を言います。
また、ここでいう「瑕疵」とは、工作物が通常有すべき安全性を欠いている状態を指すものと理解されています。
単なる経年劣化があるというだけで直ちに瑕疵と判断されるわけではありませんが、必要な修繕を怠り、通常有すべき安全性を欠く状態に至っている場合には、瑕疵ありと評価される可能性が出てきます。
土地の工作物等の占有者及び所有者の責任[民法第717条]
土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。
ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
実務上重要なのは、占有者と所有者とで責任の性質が異なる点です。
具体的には、まず一次的な責任者は工作物の占有者とされますが、占有者が損害発生の防止に必要な注意をしていたことを証明できれば、占有者は免責されます。
この場合、二次的な責任者として所有者が責任を負うことになりますが、所有者については、注意を尽くしていたという事情があっても免責されない、無過失責任を負うということが特徴です。
例えば、建物の瑕疵が、建物の建築当時の設計・施工の不備によって生じたものであり、現所有者がそのことを知らなかったとしても、そのことを理由に所有者が責任を免れることはできません。
つまり、賃貸物件のオーナー(多くの場合は所有者)は、自らに落ち度がなかったとしても、建物に瑕疵があると評価されれば責任を免れない立場に置かれます。
もっとも、所有者が無過失責任を負うからといって、建物で事故が発生すれば、直ちに所有者の責任が認められるわけではありません。
工作物責任が成立するためには、前提として、建物が「通常有すべき安全性」を欠いている、すなわち建物の設置または保存に瑕疵があると認められる必要があります。
この「通常有すべき安全性」が問題となりやすい場面の一つが、建物の耐震性能です。
昭和56年(1981年)5月31日以前に建築確認を受けた、いわゆる旧耐震基準の建物は、現行の新耐震基準による建物と比較して、耐震性能が十分でない場合があります。
ただし、旧耐震基準の建物であるという一事をもって直ちに瑕疵ありと判断されるわけではありません。
建物の設置の瑕疵の判断にあたっては「その当時の基準に照らしても」通常有すべき安全性を欠いていたかどうかが問われる点には注意が必要です。
もっとも、建築当時の基準を満たしていたからといって、その後の維持管理の状態を問われないわけでもありません。
建築後に必要な点検・補修が行われず、その結果、建物の安全性が低下していた場合には、「保存の瑕疵」が認められる可能性があります。
どこまでの修繕・耐震補強を行えば「通常有すべき安全性」を満たすといえるのかについては、明確な線引きがあるわけではなく、個別の建物の状態や、場所的環境、利用環境等を踏まえた総合判断とならざるを得ません。
この点は、実務担当者としてオーナーに説明する際にも、断定的な基準を示すのではなく、幅を持たせた説明が求められる部分といえるでしょう。
また、実務上悩ましいのは、単なる経年劣化と、賠償責任につながりうる「瑕疵」との境界線です。
例えば、外壁の色あせや設備の経年による劣化といった程度であれば、直ちに瑕疵と評価されるものではないと考えられます。
ただ、構造耐力に関わる部分について、必要な点検・補修が長期間放置されているような場合には、単なる経年劣化を超えて瑕疵と評価される方向に傾く可能性があります。
このように、外形的な古さだけでなく、構造上の安全性に関わる部分の維持管理状況がどうであったかが、実務上の重要な判断要素となります。

工作物責任に基づき賃貸人の責任が認められた裁判例として、神戸地裁平成11年9月20日判決が参考になります。
実務担当者として、事案の内容と裁判所の判断の両面を押さえておきましょう。
本件は、阪神・淡路大震災により賃貸マンションの1階部分が倒壊し、賃借人4名が死亡したという事案です。
死亡した4名の遺族や同居家族らが、賃貸人・所有者に対し、民法717条の工作物責任に基づき損害賠償を求めて提訴しました。
請求額は総額3億円を超える高額なものでした。
なお、本件では仲介を行った不動産会社に対する請求もなされましたが、こちらについては認められませんでした。
このオーナーは、築16年目の時点で本物件を取得し、賃貸物件として運用していたところ、築31年目にあたる時点で阪神・淡路大震災が発生し、建築当時の設計・施工上の欠陥を理由として損害賠償責任を問われることになった、という経緯です。
あれだけの被害をもたらした大震災であることから「やむを得ない」「オーナーに責任はない」と考える方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、裁判所は、結論としてオーナーの責任を一部認めました。
裁判所は、当該建物が旧耐震基準の建物であったことを踏まえつつも、その当時の基準に照らしても建物が「通常有すべき安全性を有していなかった」と認定し、賃貸人兼所有者について建物所有者としての工作物責任を肯定しました。
そのうえで、賠償額の算定にあたって、裁判所は、建物の設置の瑕疵と地震が競合して損害を発生させたとして、地震の損害発生への寄与度を5割と評価し、所有者に対して合計約1億2,900万円の支払いを命じました。
ポイントは、大地震という不可抗力的な要素が介在していたとしても、建物の瑕疵が倒壊又は被害の拡大に寄与したと認められる場合には、それだけでオーナーの責任が当然に否定されるわけではないという点です。
本判決は、建物がその通常有すべき安全性を有しないと判断される場合には、地震による倒壊事故であっても、所有者がその責任を負う可能性があることを示しました。
神戸地裁平成11年9月20日判決は、賠償額の算定にあたっては、建物の設置の瑕疵と大規模な地震が競合して損害を発生させたとして、地震の損害への寄与度を5割と評価し、所有者に対して約1億2,900万円の支払いを命じています。
しかし、これはあくまでも当該建物の設置の瑕疵の内容・程度及び本件地震の規模・被害状況等から判断された、当該事案に限った判断です。
同じ阪神・淡路大震災による事故を扱った神戸地裁平成10年6月16日判決では、ホテルの増築部分の接合方法に構造上の問題があり、その増築部分だけが崩落した一方、ホテルの他の部分や周辺の古い木造家屋は倒壊していなかったことなどから、地震による不可抗力との主張を退け、地震の損害発生への寄与を理由とする減額も認めませんでした。
つまり、同じ大震災による事故であっても、建物の具体的な構造や周辺建物との被害の差によって、自然力の評価や賠償範囲は異なり得る点に注意が必要です。
以上を踏まえ、実務担当者としてどのような対応が求められるでしょうか。
仲介の場面では、宅地建物取引業法上の重要事項説明との関係も意識しておく必要があります。
昭和56年5月31日以前に新築工事に着手した建物について、法令所定の耐震診断が実施されている場合には、その診断内容が重要事項説明の対象となります。
所有者等に診断記録の有無を照会し、確認できた事実を正確に説明することが必要です。
耐震診断を実施していない建物について、実務担当者が独自に安全性を保証するような説明を行うことは避けるべきであり、あくまで「診断を実施していない」という事実を伝えるにとどめる対応が基本となります。
また、管理会社としては、老朽化物件を管理する際に、耐震性能や修繕状況について、オーナーに対して定期的に情報提供・説明を行うことが望まれます。
具体的には、旧耐震基準の建物を管理している場合には、耐震診断の実施状況や、必要な修繕がなされているかどうかを確認し、未実施であれば、そのリスクについてオーナーに説明することが将来の紛争を予防する観点から重要です。
オーナーへの説明文例としては、次のような伝え方が考えられます。
確認すべき事項としては、以下のような点が挙げられます。
これらの情報を確認したうえで、未対応の部分があれば、オーナーに対してその旨と考えられるリスクを具体的に伝えることが、実務担当者としての説明義務を尽くすことにつながります。
なお、相続や売買により物件のオーナーが交代する場面では、前オーナー時代の耐震診断・修繕履歴が引き継がれていないケースも見られます。
このような場合、新オーナーに対しても、過去の記録が確認できない旨と、そのために評価が難しくなっている旨を併せて伝えておくことが望ましいでしょう。
社内対応としては、老朽化物件を取り扱う際のチェックリストを整備し、担当者ごとの対応にばらつきが生じないようにしておくことが重要です。
具体的には、契約時・管理受託時に、建築年・耐震基準・修繕履歴・保険加入状況を確認する項目を管理台帳に組み込み、未確認・未実施の項目があれば、オーナーへの説明を行った事実を書面またはメール等で記録化しておくことが望まれます。
また、オーナーに耐震診断や修繕を提案したものの、オーナーが対応を見送った場合には、その経緯についても記録を残しておくことが、後日のトラブルを防ぐ観点から有用です。
建物の老朽化と耐震性能は、地震大国である日本の賃貸経営において避けて通れないテーマです。
旧耐震基準の建物であっても直ちに責任が生じるわけではありませんが、通常有すべき安全性を欠くと判断された場合には、大地震という不可抗力的な事情があってもオーナーの責任が否定されない可能性があることを、実務担当者として押さえておくことが重要です。
管理・仲介の各場面でこうしたリスクを的確に説明し、記録化していくことが、オーナーとの信頼構築につながります。
・神戸地裁平成11年9月20日判決
・神戸地裁平成10年6月16日判決

弁護士 佐藤 りさ
弁護士法人一新総合法律事務所 東京事務所
法的観点からの的確な検討を土台に、依頼者が直面する具体的な困難や複雑な状況を深く理解することを重視し、真摯な傾聴を通じて共に最良の解決策を導き出すことを心がけている。日常的なリーガルリスクの分析から、具体的なトラブルの対応まで幅広く取り扱う。
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