営業時間 平日9:30-18:00

賃貸住宅の管理・仲介の現場では、入居者による騒音などの迷惑行為への対応は日常的な業務の一つです。
さらに、迷惑行為そのものへの対応にとどまらず、注意や是正要求を行った担当者・オーナーが、入居者本人やその関係者から理不尽な要求や暴言を受けるという、いわゆる「カスタマーハラスメント」に類する事案もあります。
実務担当者としては、迷惑行為に対する初期対応の方法だけでなく、どのような場合に契約解除や損害賠償請求といった法的措置に踏み切ることができるのか、その判断基準や立証のポイントを把握しておくことが、オーナーである顧客を守るうえでも重要です。
また、対応を誤ればオーナーとの信頼関係にも影響しかねないため、法的な整理を踏まえた説明ができるかどうかは、管理会社・仲介会社の力量が問われる場面でもあります。
今回は、入居者の迷惑行為が長期間続いた末に、対応にあたったオーナーが借主やその関係者から理不尽な要求を受けるに至り、最終的に損害賠償請求の大部分が認められた裁判例を取り上げ、実務上の対応ポイントを整理します。
目次
賃貸借契約において、賃借人は契約または目的物の性質によって定まった用法に従い、目的物を使用収益する義務を負います(民法616条、594条1項)。
賃借人による使用及び収益[民法第616条]
第五百九十四条第一項の規定は、賃貸借について準用する。
借主による使用及び収益[民法第594条]
借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしなければならない。
例えば、深夜に社会生活上通常許容される範囲を超える騒音を繰り返す行為は、この用法遵守義務に違反する行為として、契約違反を構成し得るものです。
もっとも、賃貸借契約の解除については、単に契約違反行為があったというだけで直ちに認められるわけではありません。
裁判実務上は、賃貸借契約が当事者間の継続的な信頼関係を基礎とする契約であることを踏まえ、賃借人に契約違反があっても、「当事者間の信頼関係を破壊するに至らないと認めるべき特段の事情」がある場合には、解除権の行使が制限されるという、いわゆる「信頼関係破壊の法理」が確立しています。
逆に言えば、注意や警告を重ねても改善が見られず、信頼関係を破壊するに至ったと評価できる事情があれば、契約解除が認められる場合があります。
信頼関係破壊の法理[最高裁昭和27年4月25日判決]
賃貸借は、当事者相互の信頼関係を基礎とする継続的契約であるから、 賃貸借の継続中に、当事者の一方に、その信頼関係を裏切つて、賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為のあつた場合には、相手方は、賃貸借を将来に向つて、解除することができる。…
具体的には、迷惑行為の内容・程度・頻度・継続期間、貸主が行った注意・警告の回数や方法(口頭か書面か)、改善の機会を与えたかどうか、それでもなお行為が継続したかどうか、その他当事者の振る舞い等が総合的に考慮されます。
ただ、実務上は「どの程度の迷惑行為があれば」「どのタイミングで」解除や法的措置に踏み切るべきかを一律に判断することはできず、対応が後手に回りやすい分野でもあります。
「何回注意すれば解除できる」というような基準はないため、個別の事案に即して対応することが必要です。
また、迷惑行為によってオーナーに損害が生じた場合には、賃借人の債務不履行(民法415条)または不法行為(民法709条)を根拠として、損害賠償を請求することが可能です。
損害の内容としては、契約に基づく使用料相当額のほか、近隣住戸を賃貸できなかったことによる逸失利益、事実関係を把握するために必要となった防犯カメラの設置費用、対応に要した弁護士費用の一部なども、事案によっては損害として認められる場合があります。
なお、管理会社には、受託した業務の範囲に応じ、管理受託契約に基づく適切な対応・報告が求められます。
以下では、入居者の迷惑行為への対応が、最終的にオーナーへの直接的な加害行為・不当要求にまで発展し、契約解除および高額な損害賠償請求が認められた裁判例をご紹介します。
本件の賃貸マンションでは、入居直後から複数人が頻繁に出入りし、深夜にも騒音を立てるという迷惑行為が発生していました。オーナーは当初、口頭で入居者に注意をしましたが、騒音は収まりませんでした。
そこでオーナーは、契約違反があった旨を記載した通知書を交付しています。
その過程で、借主以外の同居人がいることが判明したため、オーナーは同居を承認し、同居人も含めて、今後騒音に注意する旨の同意書を取り交わしました。
しかし、それでもなお騒音は継続しました。
そこでオーナーは、あらためて話合いの場を設け、防音のための敷物を敷くなど、部屋の使用方法を改善するよう求めました。
ところが、これに対して同居人は激高し、「(借主を)こんなめにさせたのはあんたのせいだ。敷物はしかねぇよ」「(借主を)救いたいんだよ。誰のせいでこうなってると思ってんだよ」などと怒鳴り、オーナーに転居費用等を要求しました。
さらに「(借主は)仕事だって行ってないんですよ。人の心を壊してしまった自覚はあるんですか、ないんですか」と詰問し、休業補償や慰謝料等まで要求するに至っています。
こうした経緯の中で、オーナーは、一定期間借主に連絡しないこと、これに違反した場合には賃料6か月分相当を支払うという内容の誓約書に署名させられています。
その後も騒音は継続し、本物件の直下階に居住していた入居者は退去してしまい、しかもその後、新たな入居者を入れることもできない状態が続きました。
オーナーは最終的に賃貸借契約を解除し、借主らに対して約600万円の損害賠償請求を行いました。
裁判所は、このうち約420万円の請求を認容しています。
認容の理由としては、再三の注意にもかかわらず騒音行為が継続したこと、そして、借主らがオーナーに支払義務のない事項について高額な金銭要求を行ったことなどが挙げられています。
本件では、借主について契約違反による債務不履行、同居人について不法行為が認められました。
認められた損害の内訳としては、契約に基づく使用料相当額の損害金に加え、直下階の住戸を賃貸できなかったことによる逸失利益相当の損害、防犯カメラの設置費用、さらには弁護士費用の一部までもが含まれています。
本件は、単なる近隣トラブル・迷惑行為の域を超えて、オーナーに対する直接的な加害行為や不当な金銭要求にまで発展した事案です。
このような場合には、貸主側も萎縮することなく、契約解除や損害賠償請求といった毅然とした法的対応を検討すべきであるという点で、実務上参考になる事例といえます。
また、逸失利益(直下階を賃貸できなかったことによる損害)や防犯カメラの設置費用、弁護士費用の一部にまで損害が認められている点も注目に値します。
迷惑行為への対応にとどまらず、その後の二次的な損害についても、損害の発生や金額、因果関係などが立証できれば、損害として請求し得ることを示す事例といえるでしょう。

迷惑行為に関する相談・苦情を受けた際、実務担当者としてまず重要なのは、事実関係を正確に記録することです。
いつ、誰から、どのような内容の苦情があったか、これに対してどのような対応を行ったかを、時系列で記録に残しておくことが、後に契約解除や損害賠償請求を検討する場面での重要な証拠となります。
具体的には、口頭での注意だけで済ませず、一定の段階に至った時点で、内容証明郵便や書面による通知に切り替えることが望ましいといえます。
本件でも、口頭注意にとどまらず、契約違反の通知書の交付や同意書の取り交わしが行われており、こうした書面化の積み重ねが、最終的な契約解除の有効性や損害賠償請求の立証を支える要素となっています。
また、管理受託契約に基づき、対応状況や見通しについて、適時にオーナーへ報告・説明することも欠かせません。
賃貸住宅管理業法上の定期報告とは別に、迷惑行為への対応が長期化する場合には、現状の対応状況、想定される選択肢(注意の継続、契約解除の検討、法的措置の要否等)について、オーナーの理解を得ながら進めることが、後のトラブルを防ぐことにつながります。
本件のように、入居者本人だけでなく同居人・関係者からオーナーや担当者に対して直接、理不尽な要求や暴言が向けられるケースでは、担当者個人の安全確保にも留意が必要です。
単独での対応を避け、複数名で対応する、やり取りは可能な限り書面やメールで残す、対応の場では録音を行うなど、証拠保全の観点からも対応方法を工夫することが望まれます。
また、要求の内容が金銭の支払いや誓約書への署名など、通常の業務範囲を超えるものである場合には、その場で応じることは避け、早期に弁護士へ相談する判断も重要です。
さらに、借主以外の同居人が実質的に居住しているケースでは、借主本人への注意・警告と、同居人自身の行為への対応を分けて考える必要があります。
本件では、同居人を含めた同意書の取り交わしが行われていますが、それでもなお迷惑行為が継続しています。
実務上は、同意書の取り交わし自体を目的化するのではなく、借主本人に対する注意・警告を主軸としつつ、同意書で定めた事項を確認しながら対応を進める必要があります。
こうした事案に適切に対応するためには、迷惑行為に関する苦情対応の社内フローをあらかじめ整備しておくことが有効です。
一次対応の窓口、注意・警告の書面化のタイミング、契約解除や法的措置の検討に移る基準、弁護士への相談タイミングなどを、社内であらかじめ明確にしておくことで、担当者ごとの対応のばらつきを防ぐことができます。
また、対応記録の書式を統一し、日時・内容・対応者・入居者側の反応等を漏れなく記録できるようにしておくことも重要です。
あわせて、契約内容の説明や入居時の案内において、共同住宅における生活ルールや近隣への配慮事項をあらかじめ明確に伝えておくことも、後の迷惑行為対応・立証を容易にする予防策の一つといえます。
迷惑行為への対応は、単に苦情を処理するだけでなく、契約解除や損害賠償請求といった法的措置に発展し得る場面があることを踏まえ、日頃からの記録化・書面化を徹底しておくことが実務上重要です。
特に、オーナーや担当者に対する理不尽な要求・加害行為にまで発展した場合には、毅然とした対応を検討する視点を持つことが、顧客であるオーナーとの信頼構築にもつながります。
参考文献・出典
・東京地判令和4年4月28日、ウエストロー・ジャパン、RETIO No.130 2023年夏号
・最二小判昭和27年4月25日・民集6巻4号451頁

弁護士 櫻井 あゆみ
弁護士法人一新総合法律事務所 東京事務所
正確な知識と専門性を土台に、依頼者が何を目指し何に不安を感じているかを深く理解することを重視し、対話を通じて問題解決へと導くことを心がけている。契約書の作成・審査からビジネストラブルの対応まで幅広く取り扱う。
【ご注意】
◆本記事の内容は執筆日時点の法令等に基づいており、最新の法改正や裁判例等を反映していない可能性があります。最新情報については、必ず弁護士等の専門家に確認してください。
◆当事務所は、本サイト上で提供している情報に関していかなる保証もするものではありません。本サイトの利用によって何らかの損害が発生した場合でも、当事務所は一切の責任を負いません。
◆本サイト上に記載されている情報やURLは予告なしに変更、削除することがあります。情報の変更および削除によって何らかの損害が発生したとしても、当事務所は一切責任を負いません。