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弁護士 佐藤 りさ
弁護士法人一新総合法律事務所 東京事務所
法的観点からの的確な検討を土台に、依頼者が直面する具体的な困難や複雑な状況を深く理解することを重視し、真摯な傾聴を通じて共に最良の解決策を導き出すことを心がけている。日常的なリーガルリスクの分析から、具体的なトラブルの対応まで幅広く取り扱う。
目次
電気代・ガス代・水道料金の上昇が続き、清掃委託費や管理員費のコストアップも顕著になっています。
賃貸物件のオーナーから「共益費を見直したいが、家賃と同様に増額請求できるのか」といった相談が、管理会社や仲介会社の実務担当者に寄せられるケースが増えています。
こうした相談に対して、担当者が的確に回答するためには、共益費の法的性質と、増額が認められるための根拠をしっかりと理解しておく必要があります。
また、増額交渉が難航した場合の法的手続の可否や、借主への説明義務についても把握しておくことが、オーナー対応の質を高める上で不可欠です。
本稿では、共益費とは何かという基本的な整理から、裁判例にみる増額の可否、実務担当者としてオーナーにどう説明すべきかを、順を追って解説します。
共益費とは、賃貸住宅において借主が負担する費用のうち、専有部分(借りている部屋)そのものの使用対価ではなく、共用部分の維持管理に充てる費用を指します。
国土交通省の賃貸住宅標準契約書(第5条)によれば、「階段・廊下などの共用部分の維持管理に必要な光熱費、上下水道使用料、清掃費などに充てる費用」と定義されています。
物件によっては「管理費」と呼ばれることもありますが、性格は同じです。
賃料は部屋そのものを使用・収益するための対価であり、借地借家法による手厚い保護(増減額請求権・更新拒絶の制限等)の適用を受けます。
これに対して共益費は、共用部分の維持管理に要する費用をいいます。
共益費は、共用部分を「使える状態に保つための実費的な費用」であり、賃料とは異なる位置づけです。
ただし、名称が「共益費」であっても実質的に賃料に相当する部分が含まれる場合があるため、両者の区別は形式だけでは決まらないことには注意が必要です。
賃料の増減については、借地借家法32条に明文の規定があります。
同条は、経済情勢の変動や近隣の賃料相場との乖離が生じた場合に、当事者の一方から賃料の増減を請求できると定めています。
借賃増減請求権[借地借家法第32条]
建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。
ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
ただ、共益費については、借地借家法に明文の増減規定は存在しません。
そのため、「共益費も賃料と同様に増額請求できるのか」という点は法的に不明確な部分があり、実務上も解釈の余地が生じています。
この点について参考になるのが、後述する東京地裁の裁判例です。
具体的には、共益費を定額で定めることは有効であるとした上で、物価・公共料金・人件費などの変動によって見直しが必要になるという性質は賃料と変わらないとして、共益費の増額を認めました。
また、国土交通省の「賃貸住宅標準契約書」第5条第4項では、「維持管理費の増減により共益費が不相当となったときは、協議の上、共益費を改定することができる」と例示していることも、一つの参考となります。
つまり、共益費の増額について明文の規定はないものの、共益費について見直しができる場合があるということです。

参考となる裁判例として、東京地裁平成元年11月10日判決(判時1361号85頁)を取り上げます。
この判決は、共益費を定額で定める合意の有効性を認めた上で、その増額請求について、旧借家法7条(現在の借地借家法32条に相当する規定)の準用を認める判断を示した点で、実務上重要です。
本件契約では、共益費は建物内のエレベーター、ボイラー等の定期点検、機械設備の保守管理等共用部分の維持、管理に要する費用であると定められ、借主が共益費を負担し、貸主の計算する月額を賃料とともに支払う旨の定めがありました。
共益費は、契約当初から実費精算ではなく、当事者の合意により毎月定額で請求・支払がされており、その増減請求の可否が争点の一つとなりました。
裁判所は、まず「共益費を定額で定めることは有効である」という点を確認したうえで、「物価・公共料金・人件費などの変動により見直しが必要になる点は賃料と変わらない」として、旧借家法7条、現在の借地借家法32条に相当する規定を準用して共益費の増額を認めました。
ポイントは、共益費の増額請求につき、借地借家法32条の準用を認めた根拠が「近隣物件の共益費水準が上がったから」ではなく、「物価・公共料金・人件費などの変動により見直しが必要になる」という実費的な根拠に基づいていた点です。
共益費の性質が「共用部分の維持管理のための実費的費用」である以上、その増額も実際の維持管理費の増加や、費目ごとの値上がりなど、現行額が不相当となったことを示す合理的根拠が必要という考え方が示されています。
この裁判例から読み取れる実務上の重要なポイントは、以下の点です。
その他参考になる裁判例として、東京地裁平成3年6月24日判決があげられます。
東京地裁平成3年6月24日判決は、共益費の内訳(費目)が不明確な場合の共益費増額請求について判断した事例です。
同判決において、裁判所は、賃料には本来、建物の維持管理に必要な経費部分も含まれているとしたうえで、当事者がその一部を「共益費」や「管理費」として賃料とは別に負担することを具体的に合意している場合には、その費用の変動に応じて共益費の増額を求める余地があると判断しました。
一方で、契約書に単に「共益費 月額〇円」と記載されているだけで、その中に含まれる費目、計算方法、賃借人ごとの負担割合などが明らかでない場合には、共益費を賃料と切り離して別個に増額することは相当ではないと判断しました。
この場合、裁判所は、共益費だけの増額請求としてではなく、賃料と共益費を一体とした増額請求として適否を判断することになります。
そのため、賃料とは別個に、共益費の増額請求を行うことを想定する場合、契約書において、共益費に含まれる具体的な費目、算定方法、賃借人の負担割合、改定手続を明記しておくことが重要です。
オーナーから共益費の増額について相談を受けた場合、まず契約書上の共益費の使途、算定方法、改定条項を確認します。その上で、現行額が不相当となったことを裏づける具体的な費用変動を整理します。
感覚的に「コストが上がった気がする」という段階では交渉の準備が不十分であり、借主からの反論に対応できません。
具体的には、以下の費目ごとに現状のコストと増加額を整理するよう、オーナーに求めることが望まれます。
このように根拠資料が揃った段階で、借主への増額説明を行うことが求められます。
近隣物件の共益費水準は、改定後の金額が著しく不合理でないかを確認する補助資料にはなりますが、まずは対象物件における費用の増減と、各戸への配分方法を説明することが重要です。
増額交渉の場面では、担当者が間に入って説明を補助するケースも少なくありません。
以下のような説明の枠組みが実務的に有効です。
説明文例
「共益費は、共用廊下や階段の電気代・清掃費・設備保守費など、建物の共用部分を維持するための実費をまとめたものです。今般、光熱費および清掃委託費が合計でX円、約X%上昇しており、現在の共益費額を維持したままでは、共用部分の維持管理費用とのバランスが取れない状況となっています。具体的な費用の内訳と増減の根拠をご説明します。」
説明にあたっては、感情的な言葉を避け、数字と資料に基づいた説明を心がけることが大切です。
費目別の比較表・請求書・業者からの価格改定通知等を準備し、借主から説明を求められた場合に、客観的資料に基づいた合理的な説明ができるようにしておくことが重要です。
借主が共益費の増額に応じない場合、オーナーが法的手続による解決を希望することがあります。
共益費の増減について借地借家法第32条のような明文規定はありませんが、前記東京地裁平成元年11月10日判決は同条の準用を認めています。
そのため、合意が得られなければ増額が一切不可能となるわけではありません。
もっとも、前記東京地裁平成元年11月10日判決は個別の事案に対して判断したものであり、すべての事案で借地借家法第32条の準用が認められる訳ではない点に注意が必要です。
実務上は、借主との合意による解決が基本となります。
合意できない場合は、オーナーが増額の意思表示、希望する改定額・開始日、算定根拠を文書で明確にした上で、法的手続を検討します。
増額幅が小さい場合には、手続費用や継続的な賃貸借関係への影響も踏まえ、費用対効果を慎重に判断する必要があります。
担当者としては、オーナーにこうした限界を正確に伝えることが、後のトラブル予防につながります。
共益費に関するトラブルを未然に防ぐために、契約段階での整備が重要です。
以下のチェック事項を社内フローに組み込んでおくことが望まれます。
実際に共益費の増額を検討する際には、以下の準備が整っているかを確認してください。
共益費は「共用部分の維持管理のための実費的費用」であり、その増額は「実際のコストが上昇した」という具体的な根拠に基づいて行う必要があります。
単なる「相場感」や「賃料と合わせた値上げ」という発想では借主の納得は得にくく、紛争リスクも高まります。
増額に当たっては、毎月の実費との完全一致を示すことまで常に必要ではありませんが、維持管理費の変動等により現行額が不相当となったことを、具体的な資料によって説明する必要があります。
公益財団法人不動産流通推進センターの解説でも、少なくとも各費目の値上がり率など、借主が納得できる合理的根拠を示すべきとされています。
実務担当者としては、共益費の性質と増額の論理を正確に理解したうえで、オーナーに対して適切な根拠整理と借主への丁寧な説明をアドバイスすることが求められます。
また、契約書への改定条項の明記や費目別コストの継続的な記録など、予防的な書面整備をオーナーに提案することが、将来のトラブルを防ぐ最大の対策となります。
共益費の値上げは決して容易ではありませんが、正しい手順と根拠に基づいて進めれば、借主との信頼関係を損なわずに解決できる可能性は十分にあります。
オーナーの立場に寄り添った的確なアドバイスが、不動産実務担当者への信頼構築につながるでしょう。

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